August 26, 2017

水燕鎚工会作品展

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 燕市産業資料館で開催されている 水燕鎚工会作品展 を 先日(20日)鑑賞しました。

展覧会テーマは「花器」で 作品を画像に載せる事は出来ませんでしたが5人の作家さんの力作に感動しました。

素材の主は銅、特にリンゴの赤が見事でした。

銅を焼いて急冷、薬品で色づけしていると思われる。

微妙な色合いは加熱温度、冷却時間等々によるものであろうと推測される。

いずれにしても素材の変化が非常に興味を引きます。

又後日時間があった時に書きたいと思います。

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March 26, 2017

「館 柳湾 と 巻 菱湖」展 その2

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 江戸時代後期に活躍した巻地区ゆかりの漢詩人、館 柳湾(たちりゅうわん)と巻 菱湖(まきりょうこ) の 企画展が今日迄、巻郷土資料館で展示されています。

旧巻町と深い縁りのある書家「館 柳湾」 、「巻 菱湖」の作品展です。

【館 柳湾】<1762~1844>
江戸後期の漢詩人・書家
新潟の小山家に生まれ、幼くして両親と死別。巻の豪商、館家の養子となる。

1783年、江戸に出て亀田鵬斉に従事し詩を学ぶ。

天保15年、83歳で江戸の居宅にて没。

左画像は二折半双屏風(六尺)

【巻 菱湖】<1777~1843>
江戸後期の書家・詩文家

旧巻町の生まれ、『幕末の三筆』と称せられ・・・、自ら柳湾を堂兄と呼ぶ。

明治に入ると、菱湖の書が小学習字の手本など教育書道に採用される。⇒一般社会人の教育書道にも影響を与える。

将棋の銘駒と呼ばれる書体の一つが菱湖体であり、タイトル戦などで使用される高級な駒などによく持ちいられている。

天保14年、67歳で江戸にて没

右画像の書、条幅 『所 如』

巻 菱湖生誕240年を記念し、西蒲区の有志グループが9月に・・・、初のイベントを企画中です(新潟日報記事)。

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March 20, 2017

「館 柳湾 と 巻 菱湖」展

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 西蒲区の巻郷土資料館で開催中の、江戸時代後期に活躍した巻地区ゆかりの漢詩人、館 柳湾(たちりゅうわん)と巻 菱湖(まきりょうこ)の企画展を鑑賞しました。

1月9日、長岡県立近代美術館、幕末の越後が生んだ2書人、「良寛と巻菱湖」展を鑑賞した時の「巻 菱湖」さんです。

「幕末の三筆」と称され、楷書・行書・草書の手本を数多く残しました。

詳細は その2 で後日掲載、~展示期間は今月26日迄です。

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February 26, 2017

旧庄屋 佐藤家(福井) その2

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 佐藤家は江戸時代後期の建築で、庄屋の役宅として建てられました。

数ヵ所の建築の痕がありますが、ほぼ、建築当初の間取りが残っています。

1998(平成10)年10月、地区の人が「旧庄屋佐藤家を保存する会」を発足させ、今日に至っているようです。

佐藤家で各種のイベントが行われたり・・・、図書室も設置されたりしています。

図書室では、巻原子力発電所の反対運動に関する貴重な資料 や 地元史、民族史に関する資料も充実しているようです。

話は変わりますが、福井耕地は三根山藩

三根山藩は長岡藩主牧野忠成の四男・定成公(在1634~1658)が6千石を分離され、寛永11年(1634)に成立した小藩でした。

長岡牧野家分家以来、明治4年(1871)まで240年間続きました。

当初は、1万石以下だった為大名にはなれませんでしたが、文久3年(1863)に1万1千石の大名となりました。

「米百俵」は広く知られていますが・・・、送り主三根山藩への関心も年々高まっているようです。


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February 12, 2017

旧庄屋 佐藤家(福井)

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 今回の記事は昨年8月、旧佐藤家(福井)を見学した時の画像・・・、北国街道沿いに興味がありました。

北国街道ロマンではないですが、道の歴史は、人の歴史でもある。

昨年3月信州上田城近くの北国街道を歩き・・・、越後の道もまた諸国へ通じている事を実感しました。

道そのものには昔日の面影はないが、曲がりくねったこの街道を行くと・・・、

歴史の道のりや重みを街道沿いの民家や寺社仏閣、城址などに伺い知る事が出来る。

そこには、史実や伝承も多く残されている。

福井地区は北国街道沿いに神社や仏閣、庄屋、古墳などが点在し、6月中頃から、ほたるが飛翔するなど、里山情緒を残す地域です。

画像の旧庄屋佐藤家 は 江戸時代後期の建築(かやぶき屋根)で、庄屋の役宅として建てられました。

数か所の改築はありますが、ほぼ建築当時の間取りが残っています。

1月のブログ で 幕末の越後が生んだ2書人の筆致、比べて楽しむ「良寛と巻菱湖」展を掲載しました。

巻菱湖さんの生誕の地が新潟市西蒲区の福井ですね!→左画像の案内板より

佐藤家 に ついては後日「その2」に掲載します。

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October 12, 2015

燕・三条工場の祭典 その3(手仕事展)

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 燕・三条工場の祭典に合わせ、燕市産業資料館で企画展「第四十一回燕手仕事展」が開催されています。

一昨年までは新年度最初の企画展として四、五月に開催されていた が 昨年から工場の祭典に合わせ十月に開催されています。

燕地域の職人二十八人による鎚起銅器や彫金、煙管など三十八点が展示されています。

右画像左の作品が知人である市川さんの作品、布目象眼八角鉄箱「楽譜Ⅱ」です。

右の作品が市川さんの息子さん、布目象眼を施した香合を出品されています。

市川さんとは親しくさせて貰っています・・・、書道展にはいつも鑑賞してもらっています。

市川さんの作品、モミジなどの布目象眼を施し、持ち手に木目金を用いて豪華に仕上がっていると評されています。

以上で工場の祭典1~3の記事終わります。

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October 11, 2015

燕・三条工場の祭典 その2

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 燕・三条工場の祭典、10月第一週の週末三、四日は参加企業、団体での見学の他に体験イベントが盛りだくさんです。

県内外から若者、夫婦、親子連れ、学生や主婦のグループ、外国人など参加者もめったに体験できないモノづくりの一端に触れる。

改めて燕・三条の職人技のすごさに感動・感動を大きくしたと新聞に報じられている。

左画像が燕産業資料館での体験コーナーです。

右端の画像が5年前の画像で小皿を制作しました。

燕市産業資料館で鎚起銅器の制作体験⇒鎚起の技術で世界に一つだけの銅の小皿が作れます⇒ 燕手仕事展の一環として企画され参加しました。

”工場の祭典”に合わせ、企画展「第四十一回手仕事展」が開催(~11/01迄)されていますが、後日 その3 に掲載します。


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October 04, 2015

燕・三条工場の祭典

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 燕三条地域をエリアに10月1日~4日まで地元の主だった企業・団体がいっせいに工場・作業現場を開放して、モノづくりの現場を見学・体験・体感する事ができるイベントが開催されました。

一昨年から始まったイベントで今年が三回目、今回は過去最多の六十八社・団体が参加との事です。

体験イベントも3日は三十八社・団体、今日(4日)の日曜日は二十四社の予定だそうです。

画像は昨日燕市産業資料館に行きました。

鎚起銅器の体験コーナーが左から3番目の画像です。

”工場の祭典”に合わせ、同資料館で企画展「第四十一回手仕事展」が開催されていました。~11/01迄

工場の祭典 と 合わせ、後日その2に掲載します。

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April 05, 2015

私塾「長善館」

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「長善館」は1833年(天保4年)、鈴木文台先生によって旧吉田町の粟生津村に創設される。

明治末(1912)年迄約80年間、初代館主 鈴木文台(ぶんたい)先生、二代惕軒(てきけん)先生、教師 柿園(しえん)先生、三代彦嶽(げんがく)先生の4人の先生が1千人を超える人材を教育した私塾です。

右画像に上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)公を掲載しました。以前はなかったと思いますが?少し触れて続編とします。

上杉 鷹山(うえすぎ ようざん) / 上杉 治憲(うえすぎ はるのり)、(1751年9月9日 - 1822年4月2日)は、江戸時代中期の大名で、出羽国米沢藩の第9代藩主です。

領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。

上杉鷹山公の名言のひとつ
「なせば為る 成さねば為らぬ 何事も」「成らぬは人の なさぬなりけり」

「長善館」と「上杉鷹山公」合せて続編 その2に掲載します。


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June 08, 2014

6月8日(米納津隕石)

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 燕市指定史跡 米納津隕石落下地点記念碑(燕市富永)です。

実際の落下地は碑より数十メートル西へ行ったところと言われています。

米納津隕石、重さは一個体の隕石としては全国三位の31.65㎏です。

今から125年前天保8年6月11日、午後の3時頃、弥彦山と国上山の間から異ような音をたてて何か飛んで来た。

そして大字富永字三番割という田の中へ落ちました。

画像の後方が弥彦山です。

 右画像が昨年9月、新しくなった燕市役所つばめホールで「米納津隕石(いんせき)里帰り展」が12日~23日の会期で開催・・、その時の画像です。

隕石とは、「宇宙から地球に落ちてきた他天体の破片」のことです。

45億年余り前の原始太陽系の中で形成された小天体の破片です。

地球は“鉄の固まり”ですが、人類が初めて「鉄」を知ったのは、隕石からという説?

つまり、人類は「空から鉄を知った」と言うわけです・・・・・。

隕石と「鉄に」ついて記事にした事がありますが 又 機会があれば綴ります。

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より以前の記事一覧