カーブドッチワイナリー




新潟市西蒲区角田浜にあるカーブドッチワイナリーに行ってきました。
天候も良くたくさんの人出でした。
来月見学コースの予定になっており、場所の確認でした。
以前一回来た事がありましたが、久し振りでした。
周辺道路は舗装されておらず、自然の感じが良いです。
かなり気分転換になり…、今度ゆっくり来たいと思います。




新潟市西蒲区角田浜にあるカーブドッチワイナリーに行ってきました。
天候も良くたくさんの人出でした。
来月見学コースの予定になっており、場所の確認でした。
以前一回来た事がありましたが、久し振りでした。
周辺道路は舗装されておらず、自然の感じが良いです。
かなり気分転換になり…、今度ゆっくり来たいと思います。

第4回燕市展は今週金曜日から…、一昨日(10/9)表具を終えた作品を 会場へ搬入してもらいました。
この3連休で各部門(書道etc)の審査、連休後新聞発表になります。
土、日の休みは家でゆっくり過ごしました。―(社員の母親の告別式と買い物以外は家で過ごす)
画像は新しく買ったノートパソコン(ちょうど2ヶ月)の周辺の部屋の様子です。
たくさんの人達が店主さんの説明を聞いたり、買い求めたりしていました。


一昨日(10/9)仕事で宇都宮方面へ行ってきました、休憩した2ヶ所のパーキングの画像です。
左画像は矢板パーキングから高原山です。
日光国立公園にある栃木県の活火山、日本三百名山の一つです。
右画像は南会津の道の駅「たじま」のパーキングです。
朝6時前に出て、夜7時過ぎの帰社、台風の翌日…、天候には比較的恵まれた一日でした。




旧下田村(現三条市)漢学の里 諸橋轍次記念館にて、諸橋轍次博士遺墨展が開催されています。
久しぶりに大漢和辞典の諸橋博士の映画、生家etc、遺墨展を鑑賞しました。
左画像作品の読みと意味
穆として清風の如し―ぼくとしてせいふうのごとし
大意は「人柄や事業に対しても人目につかないが、自然に深く影響を他に及ぼすこと」
本作品は昭和三十年、博士七十二歳の作品だそうです。
明治16年(1883)南蒲原郡四ツ沢村(今の下田村)に生まれ、止軒と号する。
昭和18年(1943)「大漢和辞典」第一巻刊行
昭和20年(1945)東京大空襲により「大漢和辞典」全巻の組版と資料を焼失
昭和30年(1955)再び「大漢和辞典」第一巻刊行
昭和35年(1960)「大漢和辞典」全13巻完結
昭和57年(1982)「広漢和辞典」全4巻刊行 12月8日老衰の為永眠(100歳)
平成12年(2000)「大漢和辞典」修訂版 全15巻完結
明治27年(1894)に改築された建物だそうで 市の指定文化財として、当時のままの姿で大切に保存されている。
右画像は色紙 「徑由不行」と大漢和辞典
読み:行くに徑(こみち)に由(よ)らず
意味:大道をまっすぐに進む。小道は近道に見え、変化の魅力をもつが、やがてはゆきずまるものです。




久し振りに…、中ノ口川に架かる県央大橋の下 と その一帯の河川公園を散歩しました。
時間は朝の六時前、天候はすぐれない 雨が落ちてきそうな天候出した。
5月の連休以降、このように朝早く出かける事はなく、その意味でも久し振りでした。
中高年の男性と夫婦、たくさんの人にお逢いし、”おはようございます”と声をかけました。
散歩が終わって駐車場の近くに来たら、会社の先輩が自転車に乗っているのに会いました。
定年退職されて5年、久し振りに約15分位でしょうか…、いろいろ話を聞けました。
再就職され、元気な姿と前向きなお話を聞き、大変良い刺激を受けました。
河川公園を楽しめた事と貴重なお話を聞けた事…、有意義な朝の一時でした。

昨日(4/11)、「わかでき」県央サティ校、Bunちゃん先生講演(in愛知)上映会…、上映後は 雷神県央店 にて交流会(春の宴)がありました。
テーマは 「愛」について語る でした。
74歳で人生に幕を閉じた父親の愛情
Bunちゃん先生が23歳の時多額の借金をし、31歳で完済したすごさ!と厳しかった父親の愛情と母親の存在感…。
お母さんがお父さんへ”ありがとう”と言う一通の手紙と励ましの言葉…。
遺言状通り 家を改築して亡き父親の遺品を全部処分し…、母親が住みやすい 快適な生活が出来るようにした。
子供に対する愛情、夫婦愛、会社立ち上げから8年の人間愛…、落胆、後悔、憎しみ…、を乗越えられての波乱万丈の人生です。
愛情しかない!体験談 男のロマン、人間の生きざまそのものです。
上映後、それぞれが手紙を書きました―私はBunちゃん先生に書き、その後 交流会の挨拶に指名されたので 手紙の一部をお話しました。
画像は手紙を書き終わった後の お茶会の様子です。
もっと書きたかったのですが、かなり内容を省略しましたので 機会をみつけて載せたいと思います。
19時半頃からの 交流会(春の宴)の画像です。
場所は以前一度お世話になっている サティ校の近く、 雷神県央店 です。
2時間飲み放題…、いろいろな話に花が咲き、あっというまの時間でした。
7名の参加、22時半頃のスタートで 1~2時間、全員楽しく歌えました。
上映会から 交流会の一次会それに二次会 と 楽しい一時を過ごさせてもらいました。
燕市粟生津(旧吉田町)の「長善館」史料館を久し振りに訪ねました。
江戸時代末期から明治時代にかけ、角界に多くの人材を輩出した私塾「長善館」です。
「長善館」は1833年(天保四年)、粟生津村の医師の息子で儒学者の鈴木文台(ぶんたい)が親交のあった良寛の心を伝えようと自宅の一部で開いた。
閉校(明治45年)に至る約80年間、千人以上が学び、政界、教育界、医学界などで活躍した。
良寛の高潔な志を引き継いだ文台は、「長善館」を建てて人間の踏み行う道を教えたのです。
「長善館」は良寛の思いを実現する学校だったのです。
良寛さまはえばらない、ひかえめ、自分を誇示しない謙虚な人柄がしのばれます。
兼続公ゆかりの地 与板(長岡市)にあります。
ゆったりとくつろげる健康の里、自然に抱かれた湯殿につかり ゆるやかな時のながれにひたりながら 歴史のロマンと交感する。(パンフレットより)
お風呂は好きだが なかなか行く機会がないのが本当の所でした。
初めてでしたがゆっくりくつろげました。
東京Kさん 突然の訪問、墓参り…、ビックリした先日の日曜日でした。
私が東京宅に訪問したのが昭和50年頃、30年以上前です。
会社で通信教育の在学中、東京での授業の時泊めてもらいました。
午前中の1~2時間でしたが 昔を思い出し、楽しい一時でした。…有難うございました
画像は一昨日の三条商店街と燕の産業資料館です。
冬タイヤ交換した人達は怖かったのではないでしょうか?


”ファイト”高校駅伝の旗が立てられている弥彦路…、今日 早朝の画像です。
雪が融けて…、かなり期待出来そうな天候になりました。
高校駅伝の結果は、どうでしたでしょうか?
週間予報で、今日21日が晴れマークでしたので計画し…、国上山の登山口が朝の6時半でした。
ゆっくりしたペースでまわりを眺めながら、良寛の句を詠みながらでした。
昨日迄の雨で 水溜りが出来たり歩きにくいかなぁ と 思っていたが それほどではなかった。
カタクリの群生には少し早く…、今月末頃にはたくさん見られるのではないでしょうか。
頂上には男女10名以上のグループが くつろいでおられました。
地元の方々ではなく、県外のグループ?のようにも思えた。遠く佐渡島、能登半島の方を指差して 説明されていた。
頂上には5分ほどでした。そして ゆっくり下りました。
久し振りに五合庵迄足を延ばし…、朝日展望台の千眼堂のつり橋を渡りました。
春のすがすがしい空気をいっぱいに吸い、楽しい一時を過ごしました。
昨日(14日)18時過ぎから水道町の同級会が地元の魚よしさんでありました。
毎年3月が恒例になり(昨年3/15)…、参加者は男性7名、女性8名の15名でした。
全員で18名ですので、出席率は毎年良いです。(昨年は14名)
楽しく、いろいろな話を聞かせていただきました―2次会から帰ったのが0時でした……。
幹事長 O君の挨拶で始り、乾杯の音頭は I 君でした。
水道町三丁目出身の同級生は18名、一人も欠ける事無く 本当に珍しく…、県外が一人で他は燕周辺です。
昨年の同級会では、多くの人 が 少しでも長く働きたいと言う希望のようでした。
しかし、この不況で失業給付を受けている人もいました。
話題は圧倒的に不況と年金の話が多かったです。
団塊世代の私達 男性の場合、嘱託と年金を併用、64歳から年金満額のサラリーマンが多い。(現在61歳)
その他子供、孫、健康、介護、医療、老後、自営業……、話は尽きなかった。
二次会の出席は男性だけの 6名、近くのMスナックでした。(右画像)
幼仲間の同級生、何でも遠慮なく話し、ストレスの発散の場にもなったようで、また一年後が楽しみです。
出席した皆さんからもらったパワー を 明日からの仕事、生活に活かして行きたいと思っています。

毎年2月 第2日曜日(02/08)が恒例になっている「凌雲書道会」の新年会がありました。
場所は横田の「清ろ久」さんです。
参加者19名(男9名、女10名)は、過去の新年会の中で一番参加者が少なかったですが…、約3時間 楽しい一時を過ごしました。
小林先生の挨拶から始り…、多芸な会員が多く宴会を盛り上げました。
12時から始めた宴会、あっというまの3時間でした。
いろいろな話が聞けました。「書」の話、子供・孫の話、それに職場の話etc、不景気の話も多かったです。
いつもより10名ほど少ない人数でしたが、こうやって元気な姿で一同に顔を合わせられる事に感謝し…、たくさんのエネルギーを貰いました。
二次会「嵯峨野」さんで、更に三次会はスナックでした。帰宅は6時過ぎでした。
6月には、第五回「凌雲会書道展」を開催(06/12~06/14)する事で申し合わせました。
たくさんの方々から観てもらいるよう段取りしたいと思います。
7枚の画像で楽しんで下さい。
直江兼続の「義」、「お船」、「愛」です。右が「心」です。
NHK大河ドラマ『天地人』 今日が第五回、視聴率も高く 日曜日の夜が楽しみですね!


左画像が先週の晴れた日の弥彦山です。
右画像が燕市の戸隠神社です。お参りしたのは何十年ぶりでしょうか?
兼続奉納の木像が見つかったのは日吉神社。―与板城から直線3km
旧三島谷逆谷(さかしだに)の日吉神社に直江兼続が奉納した高さ30cm寄せ木造りの天神像と木札。
ヒノキ材でつくった神座に納めて木造が置いてあるのが燕市の戸隠神社との事です。
日吉神社は代々、地元の星野家が社家となって宮司を務めてきているとの事。
現在は社家の生まれである戸隠神社(燕市)の星野宮司が兼務との事が新聞に書かれていました。
今度しっかりした話を聞けたらと思っています。




弥彦神社、初詣又菊祭りetcたくさんの人出で混雑が予想される時は 混みあう時間帯を避けて行っていました。
今回初めてたくさんの参拝者 の 混みあう時間帯にお参りしました。
神社へ行く途中 車の流れはスムースであった、しかし 神社近くの駐車場は まんぱいで 比較的近い美術館の駐車場にとめました。
帰りに美術館に寄るつもりであったが休館でした。
神社参道は それほどの人出と感じなかったが 境内に入ってビックリ参拝者で あふれていました。
境内にに入ったのが丁度お昼の十二時、太鼓の音が聞こえました。
どれだけ時間がかかるかなぁと思いながら1~2枚写真を撮り並びました。
しかしこうやって ゆっくり一歩一歩進んで行くのも いろいろ考え事も出来て良いなぁと思いながら それなりに楽しんでいました。―約20分
途中振り返り パチリ! と 撮った画像が左から3番目です。
天候も良く 気持ち良くお参り、お願いも出来、帰りに家内安全のお札を買い、我家の神棚に…。
13時には 別の場所にいましたが 天候が悪くなり雪も降ってきたり…、初詣の時間帯 天候に恵まれました。
ブログ仲間のみなさん明けましておめでとうございます。 今年も宜しくお願いします。
町内の神社を参拝し、今年で3年目ですが関西出雲大社の二年参りに参加しました。
三条のK社長、彫金の市川さんと一緒になり、新玉祭、玉串の拝礼を終え 帰宅が2時過ぎでした。
ゆっくり風呂に入り、テレビを見ながらお酒を飲み、睡眠が4時過ぎで、起床は7時でした。
昨年の初夢はあまり良くなかったですが…、今日の初夢はまだでした。
昨年は還暦 、第二の人生スタート2年目です。
昨年の運勢は悪かったが今年は発展運です。
運気活発で経験や実績を大いに生かす時。思い付きの見切り発車では支障を生じる恐れあり。体調に注意です。
いろいろ今年もお世話になりますが 宜しくお願いします。




新潟 昭和大橋近くのブライダルステージ デュオで社員の結婚式がありました。
日曜日の大安で日も良く、今日だけで8組の結婚式があると聞きました。
まん中の画像は教会から出た所です。―教会は神聖な場所で写真撮影は禁止です。
教会の式の流れは以下の通りです?―少し違うかもしれません
①参列者入場着席 ②新郎新婦入場 ③司式者の式辞 ④賛美歌合唱 ⑤聖書の朗読 ⑥祈祷 ⑦結婚の誓約 ⑧結婚指輪の交換 ⑨祈祷 ⑩司式者の宣言 ⑪賛美歌合唱 ⑫頌栄 合唱 ⑬祝祷 ⑭新郎新婦退場
②司式者である外人の牧師が正面の聖壇にに立ちオルガンによるウェデングマーチの演奏に連れて入場。
③結婚の神聖であることを説いた。
④一同規律して、オルガンに合わせて、賛美歌を合唱。
⑦命の限りかたく節操を守ることを誓いますか 「はい、誓います」 新郎それから新婦。
⑩男女の夫婦たる事を宣言します―アーメン。
教会の結婚式参列は2回目ですが、すごく新鮮で爽やかな感じがしました。
たくさんの出席者 と 式場も立派で 盛大な結婚式でした。
司会者の進行も大変うまく…、時々涙が出るような場面もありました。
私は新郎新婦の正面最前列でしたが時々席をたちデジカメを撮っていました。
私の隣の方は新郎の親戚で地元では幼少の頃数年との事、挨拶もうまく 東京で大手メーカーの役員であられ、系列会社の社長もされた方のようです。
来年古希、昨年現役を引退したばかりのまだバリバリ、いろいろ話が出来ました。
立派な方がたくさんおられるし、今日は刺激になりました。
K君の結婚、幸せになって欲しい…、 と 同時に 私もいろいろの人とお逢いし、力をもらって来ました。
雨模様で 気温も少し低く、例年であれば残暑が厳しい今日この頃…、納涼会と言う名前が適切でない位の天候ではありました。
参加人数は少なかったけど、その分じっくり腰を据え お話が出来ました。
Hさんと世の中の景気の話から…、投資の話で盛り上がりました。
K社長とやまちゃん それぞれ結構長く話し合いましたね!
本当に勉強になり、エネルギーをもらいました、3人の方有難うございました。
残念ながら女性とは話が出来なく、次の機会にいろいろ聞かせて下さい。
Aさん、Mちゃさんのブログ見ています。
最後 やまちゃんの挨拶で閉会でした。
もっと詳しく書こうと思っていましたが時間が経ちましたのでこの辺にします。
次の新年会が楽しみです。
多数参加される事を期待しています。




中ノ口川に架かる県央大橋の下 と その一帯の河川公園を散歩しました。
ブログの記事として、昨年の10月、今年の5月 の 3回目になります。
時間はいつものように六時前、少し天候はすぐれず…、左画像、弥彦山、多宝山もはっきり見えませんでした。
県央橋とその手前にキハダ林…山地に生え高さ25m位になり、枝皮はコルク層、縦に浅く裂ける木々のようです。
今日は中高年の男性と中年夫婦に会い、”おはようございます”と声をかけあいました。
一番右の画像、六時をちょっと過ぎた頃の雲の様子です。
三十分後には雨模様になり 雨がぱらつきました。
40~50分の散歩、河川公園を充分楽しめましたし、朝早くから歩いている人が多いのにビックリします。
駐車場においてある車に乗ったら、雨が本降りになりました。


左画像、”やまちゃん”からいただきました。…おいしく飲んでいます。
右画像、三条の本成寺 もう一ヶ月前ですがお参りしました。…年に3~4回位でしょうか。
先日名古屋・静岡を一泊二日の日程で仕事をして来ました。
少し強行スケジュールではありましたが 折角行ったのでと思い2~3見学して来ました。
名古屋熱田神宮参拝、時間は22時を過ぎていました。
商売がうまくいきますようにとお参りしました。


熱田神宮参拝後 コメダ珈琲店に行き小倉トーストを食べました。
コメダはたくさんの店があり、小倉トーストは有名と聞き…、おいしく食べ、店を出たのが23時半でした。


静岡県の掛川駅近くにある(歩いて10分位)掛川城を見学しました。
時間も30~40分位しかなく、お城の中へ入っての 見学は出来ませんでしたが、外堀、本丸門から数枚写真を撮りました。
山内一豊の掛川城 今度ゆっくり遊びに行きたいと思います。
岐阜、掛川からレンターカーでの行動でしたが、さすがに新潟とは暑さが違うと実感しました。


新潟朱鷺メッセを会場で開催された(11日~13日)、主要国首脳会議(サミット)労働相会合が閉幕した。
会場同じく、14日~18日地元企業の製品、技術etcが一般公開され、昨日見学して来ました。



世界にほこる「新潟のものづくり」を紹介する展示コーナー、3~4のブースで技術・開発の紹介を聞き、進んでいるなぁと実感しました。
朱鷺メッセは確か03年の開業?と思うが、今回が初めてで、午前中仕事をした後新潟へ急ぎました。
見学後31階から展望、遅いお昼のラーメン、その後三越で伝統工芸展を鑑賞しました。
ちょっと次の予定があり、31階から展望は…、あとで載せます。
信濃川に架かる橋、手前から柳都大橋、萬代橋、八千代橋、昭和大橋です。
萬代橋右後方の建物が NEXT21です。
右画像が2時半頃のお昼になりました。―朱鷺メッセ駐車場近くにラーメン街がありました。
お腹がすいていたのでボリュームある濃こく味噌ラーメンを頼みました。
一枚の海苔も一緒についており、ちぎってどんぶりに…、大変美味しく食べました。
食べた後、新潟三越で開催されている東日本伝統工芸展へ…、後日掲載します。


朝の六時は燕市八王子、安了寺の大白藤 と 近くの大曲河川公園を見学、散歩しました。
小雨がパラツク天候でしたがあまり気になる降り方ではありませんでした。
我家から離れた場所ではなく、約一時間連休後の最初の日曜日の早朝を楽しみました。




花の時期は毎年5月10日前後で、今年は5月初めに暑い日が続いた事から例年より1週間ほど早い開花となったようです。
しかしまだまだ見ごろ、藤棚からはたくさんの白い花房がこぼれるように垂れ下がっていました。
幹回り5.3m、枝張り東西28m、南北18m、高さ3mに及ぶフジの巨木で、樹齢300年前後との事です。
毎月一回は早朝の散歩コースに適当と思いましたが実行伴わないませんでした。
燕市はもとより近郷からたくさんの方々が散歩etc楽しまれています。
来年は新潟トキめき国体です、今まで気がつきませんでしたがきれいに作ってありました。




05年5月3日以来 丸3年振りの角田山登山、連休連日夏のような暑さが続いています。
巻の稲島登山口から登りました。(登山コースは6~7あり)
登山口から200m位の所に稲島薬師堂と樹齢1000年の大杉があり、お参りした時間が朝の6時5分前でした。
途中の清水(水のみ場)、所々にきれいな花が咲き、疲れた体を癒してくれました。
急な登りがけっこうあり、瞬間的には大丈夫かなぁと思い、頂上を目指しました。


急な最後の登り坂を抜けた九合目付近に見晴台があり、帰りにここで休憩する事にした。
汗びっしょり、途中2回休憩をとり、1時間近くかかり頂上に着きました。
観音菩薩と頂上広場を画像にしました。
頂上はけっこう広く、ゆっくり歩く事10分ほど…、残念ながら遠く見晴らしはきかない場所ですので九合目迄下山しました。
越後蒲原平野を望み、左方向(画像3枚め)には日本海、遠くは山々が連なる素晴しい眺めです。
昨日は町内のお祭、持って来た笹団子を二つ食べながら、ポカリを飲みやっと生き返ったような気持ちになりました。
20歳代の時友人と登った奥穂高、谷川岳etcを思い浮かべました。
眼下を眺めながらゆっくりくつろげた時間でした。
こんなに急だったのかビックリするほどです。
登りはとてもまわりを見る事すら出来なかったが、下りは余裕でした。
確かに3年前登った時より体力は落ちています。
中腹付近で追い越していった女性、頂上はまだ遠いのにすでに下山途中に会いました。
昔は弥彦山を30分かからず登った事はありましたが、遠く過去の話で登るというよりかけ足だったと思います。
8時頃無事下山、急な登りは苦しかったが 楽しく有意義な2時間余でした。
帰ってから…、先月27日の日曜日から休みの日は2~3時間くらい部屋の整理etcをしています。
中旬からリフォームを予定している為です。

新しい企画でのスタート、大山次郎・美との出会い PART1が4/6~6/29の会期で開催されており、先日鑑賞しました。
文化勲章の作家たちで立派な作品ばかりです。
日本画、洋画、彫刻、彫金の4部門で、日本画 横山大観 の「鼬」は、立派です。
今回の目玉は京都 宵の八坂神社です。
作品は五泉の某会社に眠っていた と か で、大きさは201x277で作家は池田遙邨です。
出逢いがなければ…、ただの壁紙にでもなっていたでしょうかね。
桜と松の配色、焚火の炎、一つ一つが丁寧に描かれている。
額は西陣織で良いものを使っており、作品は間違いなく池田遙邨…、ひのめをみる事に成りそうである。―館内関係者に一部聞きました。
いつもより少し早い5時起床、3週目の朝6時の現地は 日本海野積海岸浜辺のランニングでした。
曇り空ではあったが風のない穏やかな天候でした。
久し振りに波の音をききながらのランニングで爽やかな汗をいっぱいかきました。


ランニングのあとはゆっくり波打ちぎわを歩き…、釣り人に”おはようございます”釣れますか?と声をかけ これからです と 2~3会話しました。
海釣りは20代の時 2回ほど先輩に連れられての記憶がある程度です。
浜辺でゴルフの練習をした事は10数年前でしょうか。
そして…、ゆっくり海を眺めながら想いを手帳に書きとめました。
運動不足解消、朝の散歩、ハイキング、山登り、それに浜辺でのランニングも加えたいと思います。
気持ちよく リフレッシュできた一時でした。


先週朝六時は国上山の登山口でしたが…、今日は弥彦神社境内です。
参拝した後ゆっくり二時間近く弥彦を散策しました。
最初に弥彦ロープウエーへの200mくらいの上り、”万葉の道”からでした。
行き帰りの”万葉の道”を歩きながら思い出していました。
昨日夕方 2月に急死されたSさんの仏壇をお参りしました。
短歌が好きで、万葉集etc勉強熱心な書道の先輩です。
当たり前ですが自然がいっぱいでくつろげた一時でした。
テニスコートから弥彦公園への散歩…、、トンネルをくぐったのは中学生の時の写真があり記憶している程度です。
実はこんなにゆっくり時間をかけて歩いたのは初めてで、小高い山の上に上がったり結構な運動になります。
桜も満開、画像で楽しんで下さい。
帰りにいつものように中村屋の饅頭とカレー豆を買って帰りました。
ゆっくりくつろげ、気分転換になった二時間でした。―「わかでき」の授業休み
今日は参拝者と花見客でにぎわうでしょう!
参加者昨年と同じ14名で女性が一名入れ代わり、昨年神社前で撮った記念写真を参加していないHさんに渡しました。
昨年還暦祝いと言っても昭和22年生れは厄年でも、23年生れは今年である。
私が先日誕生日を迎え、まだ3月末の人もいる。
話題は圧倒的に定年後の働き方と年金の話が多い。
団塊世代の私達男性の場合、パート、準社員で年金と併用、64歳から年金満額のサラリーマンが多い。
それでも手取りが少なく70代の先輩達が羨ましいと話していた。
しかし我々より更に若い人達は給付と負担の関係は悪くなっても良くは成らない、少子高齢化の時代だからと話し合う…。
自営業で国民年金の人達は生涯働かなければ生けないと声をつまらせていた。
水道町三丁目出身で同級生が18名、一人も欠ける事無く本当に珍しく、県外が一人で後は燕周辺である。
女性のHさん、この所夫婦合わせて3万円の医療費を毎月支払っており、生活は苦しいですと話された。
健康で古希の70歳迄働きたいと言う人もあり、多くの人 は少しでも長く働きたい希望であるように思えた。
”働き続けよう”と言う声…、元気でたくましく思った。
その他子供、孫、介護、医療、老後、農業後継etc…、話は尽きなかった。


二次会の出席10名、Mスナックでした。
女性は11時半頃帰宅、その後1時間余…、歌ったり踊ったりの楽しい一時を過しました。
幼仲間の同級生、何でも遠慮なく話し、ストレスの発散の場にもなったようで、また一年後が楽しみです。
出席された皆さんからもらったパワー を 明日からの仕事、生活に活かして行きたいと思っています。
私は三つの書道団体(新潟、大阪、東京)に属し、その中の二つに昇段・級試験に挑戦しています。
しばらくさぼっていましたが、大阪のS書道団体の昇段・進試験、師範格から師範の試験に合格しました。
書道誌3月号に顔写真とコメントが掲載されました。
今月が還暦、丁度節目の思い出になりそうです。
書道誌3月号のコメントを書き添えます。
「この度師範試験合格の報を頂き有難うございました。”40代で何か一つ生涯出来る趣味をみつけたい”という思いで燕市の書道講座と通信教育を受講したのが13年前でした。
書道講座で小林先生と出会い、多くの仲間に恵まれた事は感謝に耐えません。好きな言葉の一つ”継続は力なり”を信じ、あまり苦痛なく楽しくやれました。
まだまだ未熟ですが新たな夢に向かって挑戦したい、そんな気持ちです。
今後もご指導賜わりますよう宜しくお願いします。」 … 以上です。
第二の人生、現在の仕事はそのまま継続します。
定年60歳を単なる通過点と言う人もいますが、私はそれなりに思い入れがあります。
一言で”健康で楽しみながら成長し続けたい”…そんな心境です。

毎年2月第2週の日曜日が恒例になっている「凌雲書道会」の新年会がありました。
場所は寺泊の「金八」さんです。
参加者29名(男13名、女16名)、楽しい一時を過ごしました。




歌あり、踊りあり、ダンスに詩吟と多芸で宴会を盛り上げました。
12時から始めた宴会、あっというまの3時間でした。
いろいろな話が聞け、「書」の話と子供の話それに職場の話…、が多かったようです。
こうやって元気な姿で一同に顔を合わせられる事に感謝し、明日の活力をたくさん貰いました。
二次会「嵯峨野」さんで、更に三次会はスナック「心」でした。帰宅は8時過ぎでした。


今回は歌あり、踊りありの他に時間を早くし、ゆっくりお風呂に入る時間を設けました。
燕駅集合10時でその後文化センター、入浴は1時間近く…、ゆっくりくつろげました。
6月には、第四回「凌雲会書道展」を開催する事で申し合わせ、たくさんの方々から観てもらいるよう段取りしたいと思います。
7枚の画像で楽しんで下さい。


いつも5時半起床だが 正月三が日は6時半起床(寝る時間がいつもより2~3時間遅い)でした。
今日はいつものように5時半起床、7時15分会社でした。
6連休で(29日は半日出社)、休みボケしないようにと体調に気配りしていた効果もあり、すこぶる快調であった。
始業前の体操はしっかりやるようにいつも心掛けており、朝礼もまぁまぁであった。
取引先の新年の挨拶回りが多く、左画像は和納方面から弥彦山、右画像は下田方面でやはり雪が多かった。
私個人的にはスタートとして大きなトラブルもなく順調に……、7時過ぎ退社した。(いつもより1時間位早い)
挨拶回りの途中、ラジオから株価急落のニュースが流れる。
原油高騰、円高のダブルパンチで過去にない波乱の幕開けであり、日本経済の厳しさが伺える。
原油高騰は中小企業又家計にとっても厳しく、円高は輸出にダメージである。
円高、原油高騰に早く歯止めがかからないと…、それにサブプライムローンの問題もある。
不安、心配を抱えてのスタートになった日本経済、ニュースを聞きながら 「より慎重に行動、対応していく」必要性を個人的に感じた。




弥彦神社、たくさんの参拝者で混雑が予想されるので いっそう早い時間帯でゆっくり参道を歩きたいと思いました。
朝の7時過ぎに家を出ました。画像は7時半から8時です。
雨、雪も降っておらず、参拝者もまばらでした。
ゆっくり参道を歩きながら今年一年の”無事”を祈っていました。
大晦日の本成寺に始り、近所のお宮、お寺様、関西出雲大社、国上寺、乙子神社、弥彦神社とたくさんお参りしました。
今年は還暦 第二の人生スタートの年でもあり、新たな決意と家内安全を お参りしました。
弥彦「うさち」で29日迄干支展をやっていますので是非…、と書道家藍堂さんの年賀状にありましたが次の日曜日にゆっくり観るつもりです。
帰りに中村屋の饅頭を買いました。
家の神棚に弥彦神社のお札、仏壇には饅頭を供えました。


新年の書き初め、今年は親戚の人から頼まれた24文字を半切に書きました。
「苦労してこえた荒波夫婦 母いまは幸福日々をすごせり」
その前に新しい中筆を今日から使う事にし、羊毛ですので根元まですべておろして使います。
作品 気に入ってもらいれば良いが、何しろ練習の時間が少ないので…、満足感まではほど遠いです。

今月12日から始る色紙展、まだ何を書くか決めていませんでした。
「前進」と「人に勝つより自分に勝て」と半紙で書いてみました。
追 伸
ブログ仲間のGちゃんが昨年2月?に1日20題の漢字練習をブログに紹介、4月から成績をつけ始めました。
一日15問正解を目標にしましたが残念ながら達成出来た月はありませんでした。
各月の成績は下記の通りです。(数字は毎月1日平均 20問中の正解数です)
4月―13.1 5月―13.9 6月―14.0 7月―14.3 8月―14.9 9月―14.8 10月―14.1 11月―13.6 12月―14.4
近い将来漢字検定を受けてみよう…、と前向きの気持ちはありますが しばらくやってみて決めます。

先週からの土日月(22~24日)は3連休の所が多かったが土と月の半日は仕事でした。
22日(土)中越沖地震の柏崎、震災後3回目になりますが行きました。
5ヶ月が経ち、一見どこが震災を受けた町だろうかと思わせますが、しっかり見ますと道路の亀裂 建物のゆがみetcがいたる所にありました。
臨海工業団地は初めてでした。
3~4社回り、遅い昼食は116号線沿い和島の大正庵にとんこつラーメンを食べました。
とんこつは初めてでしたがおいしく食べました。

24日のクリスマス・イブ、NHKテレビでフィンランドのサンタクロース村の様子がテレビ放映されました。
出来れば後日記事にしたいと思います。
テレビを見ながらおいしく呑んでいた酒が画像の”しぼりたて原酒”八海山でした。

某雑誌に30代、40代の男性200人に聞きました。2008年に出す年賀状の数は?
プライベート用に出す年賀状の枚数は「70.4枚」という結果、昨年の調査の「59.4枚」を10枚以上も上回っているとの事でした。
最多回答は「51~100枚」で24.5%だそうです。
回答者が同じでないので断定は出来ないが、年賀状人気が盛り返しつつあるだろうか!?とのコメントもありました。
デジカメで撮影し、パソコンで加工、プリンターで印刷と、全部自分でできるようになって、楽しみながら作る人が増えているようです。
私は作り方がわからないので毎年画像のごとく書いています。
ちなみに25日に112枚、26と27日に14枚投函しました。(年賀欠礼は10枚でした)

先日の日曜日(18日)、燕市文化会館で上映された映画「ふみ子の海」を鑑賞しました。
ほんとうに大切なものは目に見えない、「ふみ子の海」
-昭和初期の新潟-盲目の少女 ふみ子が見た海は きらきらと輝いて 運命を切り開く勇気をくれた。
全盲の少女ふみ子が自らの障害にもかかわらず、ひたむきに前を向いて生きる姿。そのふみ子を厳しく、そして暖かく見守っていた大人たち、地域社会の姿は、今の私たちに勇気と多くの示唆を与えてくれる。
そして人と人との絆のたいせつさをきずかせ、あたたかい地域の絆を見つめなおさせる……。
涙もろい私には周りを少し意識しながらの105分作品の鑑賞でした。
新潟県高田盲学校で教鞭をとり 生涯を視覚障害者教育に捧げた 粟津キヨさんの生涯を取り上げた同名小説「ふみ子の海」(市川信夫原作、理論社刊。)を原作に、その少女時代を映画化したものです。―パンフレットより
上越市、柏崎市、長岡市をロケ地とし、06年末に完成 07年全国公開に先駆けて 地元新潟県で公開される事になったようです。
三条市の上映は 来年2月9日 三条中央公民館です。
ちなみに今回の入場者数は、三回上映で850名と聞きました。
興味のある方は是非 三条での上映を観賞して下さい。
キャッチフレーズは一つでも多くの地域に、一人でも多くの方にこの映画を届けましょう、のようです。
この映画の舞台・新潟県の被災地復興のために 映画の収益の一部を新潟県災害対策本部に寄付しますと書かれていました。


中ノ口川に架かる県央大橋附近の大曲河川公園を散歩しました。
近くに住んでいますが、今日が初めてでした。
朝刊を読み終わり、国上山方面に行こうか迷っていましたが、大曲河川公園に決め 駐車場についたのが六時少し前でした。
画像右は遠くに水道町にある水道の塔が見え、2枚の画像からもわかりますが、中年夫婦の散歩姿があちらこちらに見られ健康的で楽しそうでした。




河川公園はけっこう広く、散歩をするに適当な場所と初めて知りました。
ベンチも所々に在り、物思いにふけるのも良いかなぁ。。。
画像一番右が朝の六時半頃の雲の様子です。
今度毎月一回のペースで、この時間帯で来てみたいなぁと思いながら…、一時間近くブラブラ歩いた 河川公園 を 後にしました。
九月一日(土)の納涼会、パートⅡが大変遅くなりました。
何を思うか…掛橋社長
一等賞はRちゃんでした―おめでとう御座います
私はゲームとかくじ引きは全く縁がありませんが、恒例になっており楽しいですね。
三等に入らなくても良い商品をもらいました―ありがとう御座いました
自分の世界に入って歌いたいが 外野がうるさくムードにのれないMちゃさん
こうやって5時間余、たくさんの方々から”元気”をもらいました。
家庭に職場etcに帰れば悩み、不安、心配をそれぞれ大なり小なり抱えている。
「わかでき」での出逢いが、年2回の楽しみを与えてもらいる と 同時に ヒント、チャンスが落ちている。
これをいかに拾うかがまた楽しみである。
『パソコンを楽しもう』と会話の中でしましたが、ノルマとか責任等々…負担として感じると長続きはしない。
勿論失敗も挫折感もあるかも知れないが、それを乗越えた達成感はまた一味違うと思う。
歯を食いしばって登り、頂上から下界を眺めた時の気持ちとどう違うだろうか?
いつも明るく楽しく、ルンルン気分で毎日が過せれば良いが、そんな生活はないし そうだとしたら逆に進歩がないのかも知れない。
瞬間的にも日頃のもやもやを忘れさせてくれる、そんな新年会であり納涼会でもある。
次は新年会にお逢いしましょう。

13日朝早く墓参りの準備をする母親。
お寺様の隣の我家、他に市内二つの墓参りをしました。
隣がお寺で小さい頃から墓を見て育った感じです。
昔は幽霊が出てきそうな薄気味の悪い墓場でしたが、今はすっかり整理され立派な墓が多いです。

国上寺は3ヶ月ぶりでしょうか。暑いので朝早く出かけお参りしました。
いつもと違うカメラアングルで本堂を背にして撮ってみました。
右奥小さく写っているのが良寛禅師像です。

五合庵の画像もかなり載せましたので今回は載せませんで芳名帳です。
五合庵の四季はそれぞれ趣があります。
雪深い五合庵はまだ見てはいませんので機会あったら行きたいと思っています。
原田勘平著『良寛さま』の挿絵がありましたので画像にしました。
原田勘平(1887~1974)さんは岩室村出身の方です。
先日長谷川先生が講演で話された三輪佐市さんは、良寛さんが特に親しくした4人の一人で、与板の回船問屋大阪屋さんです。―他に親しくしていた3人は阿部さん、解良さん、原田さんです。
画像は有りませんが弥彦の丘美術館で、県の美術家連盟秀作展を鑑賞しました。
「書」の部門では県を代表する書家、小黒五稜さんと長谷川白楊さんが良寛の詩を、行書草書で出品されていて見応えがありました。
私も燕の市展も近くなり、良寛の詩を選び挑戦しようと思っています。―過去3年良寛の詩で出品しました。
楽山苑は豪商の旧大坂屋三輪家の別荘で、京風の建物で明治期に建てられたそうである。
与板は以前取引先もあり知人もいるが話題とした事はなく、与板は大判焼きのイメージが強い。
こんなに立派な所がある事は驚きである。
ライトアップされた「楽山苑」幻想的な雰囲気で歴史を感じさせ、気持ちがキュンと引き締まる。
山道を登り一番上に観音堂がある。観音様の前にお参りしてきました。
十一面観音の功徳が書かれていました。
観音様とは「観自在尊」、心の目で姿なき姿を見、声なき声をきき、世間の苦悩を救い給う仏であります。
観世音とは、仏心であり精霊であります。……
観音堂周りに多くの奉納された「のぼり」が色どりをそえています。
観音堂右奥を下りて2~3分の所に井伊神社があり参拝しました。

会場入口には地元ゆかりの戦国武将直江兼続(なおえかねつぐ)を主人公にしたNHK大河ドラマの放送決定(09年)をPRする看板が立てられていました。
与板町(現長岡市)は歴史のある町、今度ゆっくり与板城址etcを見学したいと思っている。
ライトアップ(PM6:30~9:30)は、5/20迄だそうですので是非観られる事をお進めします。


弥彦神社を参拝した後、弥彦村では初めての、書の企画展「弥彦で出会う新潟現代の書展」、
書家21人100点の作品を鑑賞しました。
会場内は撮影禁止の為、作品を載せる事は出来ませんが、書作品の中に印象に残ったことばを列記しました。
・土台が変化しない限りいくら改革をさけんでもだめだ 同根からは同じ実しかならぬ
・一陽来復
いまは辛くても耐えて頑張ればやがて運が向いてくる
・敵のない者に味方はいない
・生涯青春
心を燃やし続けるかぎり 生涯青春
どの作品も素晴しく、企画にあたっては藍堂さんを中心に、書道界の序列とは関係なく、書道に無縁の人でも理解できる作品を日ごろから制作している書家を推薦しての企画と聞いている。
昔はいろいろな催しものがあったが、今は全くなく境内に数軒の店が出るだけです。
神社は我家からは近く、パソコンしている部屋から神社が見える位置で、先ほどまで子供達が太鼓をたたいていました。―今、花火の音が聞こえます。
お昼はW家一家がお客で、食べたり飲んだり、楽しい一時を過ごしました。
パソコン漢字サイトの話をし、今日の20問を印刷しました。
今年高校入学のバリバリ、なかなか書けず苦戦していたようでした。(10問正解が一つの壁のようです)
昨年結婚したHちゃん、来月出産予定で、生れてくる赤ちゃんの名前を書いてくださいと頼まれました。

「書」も最近なかなか時間とれず、書く時間も少ないです。
今日の書展を参考にと思い、月例の課題ですが書いてみました。
墨は硯で磨る事はなく、墨磨り機械で磨り、磨った墨を墨地に入れます。
本当はゆっくり墨を磨り、気持ちを高めて、いざ本番の方が良いと思いますが…横着しています!
今日はそんなこんなの一日でした。
いつものように五時半起床、前日の雨はすっかり上がり気持ちの良い朝でした。
国上寺にお参りし、良寛修行之地五合庵とその周辺を散策しました。
千眼堂のつり橋を渡り、一時間弱…人気の無い早い時間でしたが、こんなにゆっくり散策したのは初めてでした。


複合機の故障!
廃インクタンク(インクタンク吸収体満杯)エラーが表示されたのが4/27、4/30に宅配でメーカーへ送りました。
昨日(5/03)昼頃届きました。
写真、6月の書道展案内etcの印刷物を連休中にと考えていました。
どこも大型連休で難しいだろうなぁと思っていました?(メーカーには急ぎのお願いはしていた)
メーカー対応良く、改めて”顧客の立場に立て”を日頃言ったりしているが実感した瞬間でした。
憲法記念日の昨日、映画を観賞しました。
日本国憲法誕生の真相、60年を経て、いま明らかに!
名も知らぬ憲法学者鈴木安蔵さん、妻・俊子さんとの夫婦愛、そして日本国憲法誕生を巡る真実のドラマでした。
三条中央公民館にて、3回上映されました。(たくさんの人が入ったと思われます)
映画の中味と憲法については後で載せたいと思います。
久し振りの映画でしたが、大変感動しました。




旧下田村(現三条市)漢学の里 諸橋轍次記念館を見学しました。
明治16年(1883)南蒲原郡四ツ沢村(今の下田村)に生まれ、止軒と号する。
昭和18年(1943)「大漢和辞典」第一巻刊行
昭和20年(1945)東京大空襲により「大漢和辞典」全巻の組版と資料を焼失
昭和30年(1955)再び「大漢和辞典」第一巻刊行
昭和35年(1960)「大漢和辞典」全13巻完結
昭和57年(1982)「広漢和辞典」全4巻刊行 12月8日老衰の為永眠(100歳)
平成12年(2000)「大漢和辞典」修訂版 全15巻完結
徑由不行(画像左記念館に書かれている)
読み:行くに徑(こみち)に由(よ)らず
意味:大道をまっすぐに進む。小道は近道に見え、変化の魅力をもつが、やがてはゆきずまるものです。
5歳の時から「三字経」の素読を学び、その後漢学を修行、その頃が人間形成に大きく作用したと言われる。
大正8年文部省より2年間の中国留学を命じられる。―学問への情熱と学者として一段と成長したと言われる。
昭和に入り再三中国出張を命じられる。―昭和18年…小さな山村から始まった「大漢和辞典」第一巻刊行に至る。
故郷に限りない思いを語られ、五十嵐川、八木ヶ鼻、五十嵐神社、ヒメサユリ、村祭りの様子が伺える。
特に村を離れる時、船で川を下る時見た八木ヶ鼻の絶景が忘れられない、印象深い様子が伝えられている。
生家(画像右)
明治27年(1894)に改築された建物だそうで市の指定文化財として、当時のままの姿で大切に保存されている。
記念館見学は次の予定もあり、1時間足らずでしたが今度またゆっくり行ってみたいと思います。
漢字何でもQ&Aのコーナーがありました。そこで漢字の勉強もしたかったですが時間が無かった為次にします。
実はブログ仲間のGちゃんの「漢字力をアップするトレーニングサイト」で書き取りをやっています。
読めても書けない、中にはこの字がこう読むのかというのも1~2ありましたが、圧倒的にちょっとしたまちがいです。
4月一ヶ月の成績をまとめましたがあまりにも正解数が少なく…漢学の里を訪れたのも漢字力アップも少しはありました。
遅くなりましたのでその辺は次にします。
登ったというよりハイキングしたという程度かもしれませんが、山の空気をいっぱい吸ってきて心身ともリフレッシュ出来ました。
営業日、休日に関係なく五時半起床、一日を同じリズムでスタートしたいというので何年も続いています。
国上山麓の駐車場まで15分余で到着したのが丁度六時でした。
国上寺脇の登り口からゆっくりと写真を撮りながら、良寛の歌碑と小鳥の鳴き声、カタクリの花、時おり見晴らしから信濃川、日本海を眺めながらののぼりおりでした。
曇りの天気で視界は画像の如く、開けた感じではなく今ひとつでした。
弥彦山に連なる国上山(313m)、中腹には国上寺、良寛さまの過ごされた「五合庵」「乙子神社草庵」など数々の史跡が散在する 他 酒呑童子などの伝説の宝庫でもあります。
日本海側を望めば佐渡ヶ島はもとより、今日は雲って駄目でしたが遠くに能登半島が見られます。
振り返ればはるか遠くに越後三山を眺望出来ます。
快晴でお花畑という山登りではなかったが、久し振りに歩きゆったりと過ごした1時間余でした。
帰りに国上寺をお参り、写真を1枚撮り帰宅しました。




先週に引き続き弥彦を訪れた。
弥彦村・ギャラリーうさち(神社前通り)で「弥彦さくら展」(3/29~4/24)が開かれており、鑑賞しました。
書、陶芸、ガラス、絵画、版画など、地元書家の藍堂さんを中心にした作品展です。
書の藍堂さん、”心願成就” ”開運” ”さくら悠々” 「いつもありがとね」「笑う門には福来る」はウイスキーを仕込んだたるのふたを使って書いたものだそうです。
陶芸では三条市の「みひろ窯」の尾崎さん夫妻、皿、カップ、茶碗や小鉢などが出品されている。
ひとつひとつ私達の心がかよう器…
土を探すことから始り すべて私達二人だけの手を通じて いのちをふき込みました
土のもつあたたかさと手のぬくもりをくらしの中へ
そんな想いを込めて……
ガラスは新潟市の石井さん、ウサギの小皿、さくらの花びらをかたどったピンクの皿など……。
複数のガラス材を溶解させて一つのガラスに成形する技法でフュージングガラスと言うそうです。


同じくガラスで、山形県米沢市 トンボ玉作家の竹田さん、かんざし、帯留め、帯飾りなどの和装アクセサリーにピアス、ネックレス、ストラップなどが展示されている。
4月15日(日)湯かけまつりの歩行者天国に合わせて竹田さんが来場し、トンボ玉の実演があります。
興味のある方は見て下さいとの案内がありました。
その他絵画、版画など見応えのある作品ばかり…、さくらや春をテーマに…、
これから花見客で賑わう弥彦、近郷の方又観光客にとっても十分楽しめる作品展であります。




入学や就職、転勤などの時季を迎えた今日4月1日、久し振りに弥彦神社を参拝しました。
1~2月は暖かく、3月は例年の2月に逆戻りで寒く雪も降りました。
今日はどんよりとした曇りの天気、風は少しあったがそれほど寒くはなかった。
春の陽射しをいっぱいに浴びる…、今しばらくのようです。
弥彦神社は思ったより訪れる方は少なく、ゆっくりのんびりとくつろぎ…、散策が出来ました。
初詣以来で弥彦の空気をいっぱいに吸い、神社にお願いをして来ました。
神社参拝の前に、弥彦の丘美術館で美術家連盟の秀作展を鑑賞しました。
書道、日本画、洋画、彫刻、工芸、13名の先生方、30数点の作品が展示され、どれも素晴しい作品ばかりでした。
画像~「書」の高啓詩、七言二句、「画」の花、残雪は素晴しいです。


3月21日(水)春分の日、三条では成人式の日、私の妹の次男T君がハミングプラザVIP三条で結婚式を挙げました。
新郎T君はまだ大学院卒業したばかり、4月から社会人です。
新婦のMさんとは高校時代、バトミントンの選手とマネージャーのお付き合いから始ったと聞きました。
T君は高校時代中越大会個人戦で優勝の実績を持つスポーツマンです。
人前結婚式、指輪の交換、永遠の愛を誓う…誓約書、乾杯は大学時代の友人でした。
友達主体で進める結婚式、余興もあり楽しく若々しさが前面に出た、新鮮でさわやかな結婚式です。
画像はケーキ入刀、キャンドルサービスです。
これから社会人という新郎、長年の交際を経て若いカップルが誕生しました。
はなむけの言葉として「初心忘るべからず」を贈ります。幸せな家庭を築いて下さい。
両家にとりましても、立派に出来た結婚式と満足されていると思います。
おめでとうございました。

昭和22~24年生まれを団塊世代と名づけ全国700万人、終戦後のベビーブームであり、
大量定年退職時代到来、07年問題とも言われマスコミに注目されています。
私達部落の同級生は(昭和22/04~23/03生)この世代の一人であり、4月から60歳の還暦を迎える。
私は先週59歳の誕生日を迎えたばかりでまだ1年近くはある事になる。
神社で一同にして逢うのは小学校以来ではないでしょうか。
野球、相撲、かくれんぼ、パッチ、ビー玉、駒遊び、……まだまだたくさんの遊びがあり、神社で遅くまで遊びました。
神社が小さく見えるね、ここで野球をした事が考えられないね!と皆さん言っていたし一番の思い出のようでした。
話題は子供、孫、失業、パート、年金、福祉、介護、老後……と政治経済と言うより身近な問題でした。(パソコンも話題にのっていましたね!)
18人の部落の同級生、1人と亡くなっていないわけですので、皆で70歳の古希迄健康でいようと話していました。
私達時代と地域性もあり、中学を卒業すると働く事が親孝行で、農家と自営業(洋食器関連)が多く働きました。
同級生、今回いろいろな話を聞かせてもらい感じた事は、個性的で 且つ 人間的な強さがあるように思いました。
幼友達なので、何でも遠慮なく言い合えるし、ストレスの発散の場にもなったのではないでしょうか。
教えられる事はたくさんありました。
最後にあの狭い神社で野球した話ではないが、腰を低く子供の目線で今一度見る事 と パワーをたくさん貰ってきました。
明日からのエネルギーにしていきます。

「わかるとできる」物語~ビジネス編~を(06.10.01発行)1月に買ってから全然読んでいませんでした。
昨日の晩から読み始め、先ほど読み終わりました。
元来読書はあまり好きでなく、一年に10冊も読まないと思いますがビジネス書だと案外早く読んだりでしょうか。
毎月の日経ビジネスは拾い読みしています。
このように短時間で集中して読む事は珍しいです。
大変参考になりました、是非皆さんにも読まれることを進めます。
内容は機会をみて記事にしたいと思いますが、簿記の必要性にも触れられています。
三十数年前の話になりますが、仕事が終わってから三条へ一年半(週に二日)簿記学校へ通いました。
それで日商簿記二級を取得しました。
現在複式簿記を受講、今日一時間は四講座目です。
複式簿記を習い始めたばかりですが、昔簿記学校へ通っていた頃を思い出します。
あの頃はそろばんでした。(そろばんは小学校の頃そろばん学校へ少し行った程度でうまくはないです)
一部復習を兼ねて…、エクセルでの基本操作は全く新しいわけですから楽しみです。(決算書編から受講)
会社では他社の決算書をみる機会もありますので、分析力はつくと思います。
マネー講座、簿記講座はパソコンをさわるより、講義を聞く時間が長いので眠くなる時もあります。
広くいろいろな講座に挑戦、時間がゆっくりとれたら、資格試験にも挑戦(今一番がパワーポイントでしょうか)してみたいと思っています。
梅が終り、桜にはまだ早いころ、この間を縫うようにして、桃の花が咲いて春たけなわを思わせる。
久し振りの休日…、のんびりした日曜日でした。
この所生産活動より設備で土日が費やされていましたが、今日はゆっくり と のんびりと過ごしました
「書」からも遠ざかっていましたので、久し振りに画像の近代詩文を調和体で書きアップしました。
日頃は楷書、行書、草書で調和体で書く事はないですが、雑誌を見ていたら書きたくなり挑戦してみました。
「桃」は植物で静態ですが、動物の躍動のように動態で表現してみました。
「書」にももう少し時間をとり、しっかりやりたいと思っていますがなかなか……。
ブログも記事だけでなく、仲間の皆さんにコメントもあまりしていないのが現状です。
来週から少し時間がとれると思います。




毎年2月のこの週の日曜日が恒例になっている凌雲会の新年会がありました。
場所は野積の「まつや」さんです。
参加者29名(男12名、女17名)、楽しい一時を過ごしました。
「まつや」さんは歴史が古く…、有名な松の前での記念写真ではなく、今回は奥座敷で撮りました。
梁は二段梁でいっさい釘は使っていない建物で歴史を感じました。
歌あり、踊りあり、ダンスに詩吟と多芸で宴会を盛り上げました。
12時から始めあっというまの3時間でした。
いろいろな話が聞け、その中で子供の話それに定年の話とか年金の話題が多かったようです。
こうやって元気な姿で一同に顔を合わせられる事に感謝し、明日の活力をたくさん貰いました。
二次会は12名の参加で「嵯峨野」さんで、更に三次会はスナック「心」でした。
(私は社員の母親の訃報が携帯に入り三次会は失礼し、会社へ明日の手続き段取りに行きました)
6月には第三回凌雲会書道展を開催する事で申し合わせ、たくさんの方々から観てもらいるよう段取りしたいと思います。
8枚の画像で楽しんで下さい。

パートⅢは新年会後半でのビンゴゲームからです。
インストラクターの進行で、八時半近くのスタートだったと思います。
恒例になっている為一つ一つが手際よく進み、一等賞はなんとブログ仲間のTちゃんでした。⇒おめでとうございました。
私はゲームとかくじ引きは全く縁がなく、途中からRちゃんに見てもらい、席を立ってデジカメでした。
みなさんの真剣な様子を撮りました。(パートⅡの画像ブログ仲間達もビンゴゲームです)




二次会は「雷神」から歩いて7~8分の所、参加者13名が部屋に入り、スタートしたのが十時過ぎでした。
お互いに我を忘れ、日頃のうっぷんを晴らすかのように、歌ったり、はしゃいだり、飲んだり、食べたり……楽しい一時を過ごしました。
その辺は画像で楽しんで下さい。

すみません忘れていました、最後の記事は阿武さんのスプーン曲げです。
私が一番反対奥の席で、気がつくのが遅かった為、そばで見る事が出来ませんでした。
遠くからの一枚の画像、ハッキリせず雰囲気だけになってすみません!
スプーン曲げは、阿武さんが昨年3泊4日?の研修会での技であり一つの教えです。
JIT(ジャストインタイム)研修でのカリキュラムの一つ⇒自己改革、自己変革の入り口と思われる。
ポイント⇒やれば出来る、実行あるのみである。
自分が変わらないで、人も職場も変われない、変えられない…まさに自己改革である。
スプーン曲げの実技同様、研修での成果を聞いてみるのも勉強になるかと思います。
次は8月の納涼会⇒参加しましょう!楽しみましょう!!




楽しく有意義な一時を過ごした二時間半(最後の一本締めは九時近く…それから20分位楽しんだ)、
参加者23名、その中でブログ仲間は9名、昨年の納涼会に参加された方も数人おられました。
すっかり定着し、恒例になった新年会、納涼会に参加した人達、異口同音に楽しかった、また声を掛けてくださいとのことばが返ってくる。
私もそうですが、新年会と言う交流の場に顔を合わせ、お話が聞ける事を楽しみの一つにしている。
今回は今迄になく仕事の話が聞けたような気がする。
意識して聞いたわけでなく、それだけ初対面でも気持ちを許せる雰囲気がある。
そしてたくさんの”元気”がもらいる。―感謝
教室に入ったキッカケはそれぞれ違うが、本当に一生懸命に取組んでいる姿が話の中からわかる。
それが刺激にもなり、励みにもなる。
「わかでき」は他のパソコン教室とは違う!
個別学習と言う大きな違いだけでなく特化したものがある。
これもBUNちゃん先生、オーナー、インストラクター、生徒が一体となっているから出来る事である。
21世紀に入っての環境も、後押ししている面も確かにあると思うが……。
BUNちゃん先生日記にもありましたが、過去に何をやったかではなく、今何が出来るかである。
それだけ即戦力が求められているに他ならない。
学ぶにあたり苦労はつきものだが、苦痛を毎日感ずると長続きはしない。
私はブログを含めてパソコンは楽しむ道具(道具でなく機械ですね)と昨年のBUNちゃん先生講演のあと体験発表に話した事を思い浮べる……。
何か楽しい話が少し堅苦しくなりました、時間も遅いのでビンゴゲーム、二次会etcはパートⅢにします。
下にブログ仲間の画像をアップします。
ブログ仲間の記事から今日も混雑が予想されるので、朝早い方が良いと思いリラックスした服装で行き、参拝しました。
大晦日の三条本成寺に始まり、近所の神社、お寺様、関西出雲大社、国上寺、弥彦神社と今年はいつもより多くお参りしました。
一生懸命朝早くから弥彦公園近くの掲示板に、生徒の書いた作品を掲示されていました。
新しい年を迎え、今年にかける「気」もちが書かれており、挑戦しようと言う意「気」込みが伝わって来ます。
帰りに中村屋の饅頭を買い、仏壇に供えました。
追記
明日から燕郵便局コミュニティホールにて第四回凌雲会色紙展が開かれます。
後日御案内します。

飲んだり、食べたり、お話したりで2~3時間の予定が5時間近くになりましたが、楽しい時間を過ごす事が出来ました。
3人だけで飲んだのは2回目、ブログの話も多かったが、むしろ人生についてかなぁ……その他たくさん…。
過去と言うより現在から将来、それぞれ考え方の違いもありますが、いろいろ勉強させられました。
2人の違いを少し話しました…。
性格も良いし人から好かれる面を持っているご両人です。
楽しく末永くお付き合い出来る と 3人それぞれ確信したのではないでしょうか?
あまり細かく書くと個人情報になるのでこの辺にしておきます。
お店はお客さんが多く活気があり、なおさら話に弾みがついたようです。
珍しいご馳走もたくさんあり満足でした。
幻のお酒「亀の翁」とドラマ「蔵」で有名になった夏子の酒もおいしかったです。
どちらも久須美酒造で、限定販売の為手に入りにくい酒のようです。
最後に池波正太郎著の「剣客商売」の文庫本をいただき有難うございました。
久し振りの”食育について考えよう”ですが、パート4は食育月間と食育の日について と 食育に対する関心度のアンケート調査についてです。
(パート3の記事で次はスプーンの材質についてとしましたが、次のパート5にします)
食育月間と食育の日?
食育基本法に基づき、平成18年3月に食育推進会議において「食育基本計画」が作成されました。
その中で、毎年6月は「食育月間」とし、毎月19日は「食育の日」とする事が定められました。食育月間では、国、地方公共団体、関係団体などが協力し、テーマに基づいた運動が実施されます。
そして毎月19日を食育の日とする事で、継続的な食育活動を呼びかけています。
食生活の乱れなどが原因となる生活習慣病は、年々増加の傾向にあります。野菜をしっかり食べるようにする、家族揃って食事をする、といったことも、食育への取り組みの一環です。
日頃から食の重要性を見直す機会が増え、健康意識も高まるようになると、いいですね。
以上が食育月間と食育の日?でした。
ビジネス世論(日経ビジネス06.11.13号からです)
大人の食生活のあり方が問われる
食育に「関心あり」が約8割
不規則な食事や栄養の偏りなど、近年の食生活が社会問題となっている。
食生活の見直しは国を挙げての取り組みで「食育基本法」が成立した。
食育に関心あるかを尋ねたところ、「はい」と答えた人は78.3%に達した。具体的に何を心掛けているのかを聞くと、トップは「朝・昼・晩と1日3食を実践」で78.1%。朝ご飯を食べない人が増えている事を憂慮する声が相次いだ。
続いて「栄養バランスを考えた食事」で75.1%、共働きの家庭が増え、高カロリーな外食で済ませるなど、伝統的な日本の食文化が廃れかけている。
食育に関心を示さない人の理由は主に2つ。「現状で特に問題がないから」が51.5%、「詳しい内容が分からないから」が47.1%となった。
アンケート自由意見から拾い出した。
親の自覚を促す向きも目立つ。「役所が食事を作ってくれるわけでない。親が子供の為に学習しなければならない」。「両親が好き嫌いしたり、炊事を放棄したりしないように、自分自身を戒めることが肝心」。
自らの食生活が子供達のお手本となっているかと言う視点で、毎日の食事を見直してみてはどうだろうか。
以上がビジネス世論の記事からでした。
パート5は、健康食品ってどういうもの?です。




先月末開店した近所(燕市水道町3丁目)のパン屋さん(マールさんの石窯工房、銀の麦)は、毎日たくさんのお客で商売繁盛のようである。
ブログで数名の方が掲載されていますが、私は同じ町内であっても一度も行った事がなかったです。
今日「わかでき」の帰り用事を済ませ、お昼近くに寄ってみました。




店内はたくさんのお客でした。
店員さんにも忙しそうで声をかけにくかったが、快く聞いていただき…、しばらくして奥から店主さんでしょうか?おいでになりました。
私は近所の者ですが、たくさんの方々がブログ、ホームページetcで紹介し人気のようです。
今日私初めてで、逆に遠くの人から聞かされていますと話し、写真を撮らせてもらう事をお願いした。
快く笑顔で、宣伝していただき有難うございます、どうぞ撮ってください…と話された。
忙しそうであったのでそれ以上聞かず、大勢のお客をかき分けるように数枚撮りました。
パンもいろいろあり、この店としての特徴、一番売りたいパン等、他の店でない特化している部分があると思うが、それは次にゆっくり観察したいと思う。
家に帰り母とおいしく食べました。
画像左から「五合庵」
高橋さんが言っておられました。
全国どこへ行っても良寛さんを知らない人はいない。
出身は良寛さんが生れた地ですと言うとビックリされます!
ありがたい事です。
今新潟日報で良寛と貞心尼が連載されており、毎日出勤前に読んでいます。
「華」
「錦銅」という高橋さんオリジナルの真っ赤な銅の花弁に金メッキを施したもの。
金属にこんな華やかな色があるのも驚きである!
錦銅は銅板をやきこみ、とける寸前に水に急冷する事で独特な赤い酸化膜を発生させる…その呼吸が難しいと話された。
「接ぎ合せ湯瓶」
三角に切り離し接ぎ合わせた水差し⇒端材利用?
「般若の面」
普通木彫りが多いが金属で赤色に染めたものはないとの事
ちなみに銅は1,080℃で融ける。
一つの作品を構想から完成まで約三ヶ月間かかるそうです。
この近郷で金属に携わる有名な方がたくさんおられる事にもビックリしています。
高橋さんもその一人ですが年齢を感じさせません!夢と目標をしっかり持たれた方達ばかりです。
(こだわりもあるでしょうか?)
人間の価値は六十を過ぎてからと言う人がいます。
作品の鑑賞とは別に一つの事を取組む姿勢について何か勉強させられました。




久し振りに燕産業資料館を訪れ、金工作家高橋重弘(大正15年、鎚器銅器製造の家に生れる)作品展を鑑賞し、作者の説明を聞く事が出来ました。
画像左から 「河」
母なる河をイメージした作品。
地球上の生命は、まろやかなやさしくて強い母に支えられている。
金を厚く塗ってあるので永久に色は変わらないとの事。
「夢花愛人」
上は銀下は銅で、銀の部分に女性の姿をデザインして、国や人類が違っても好きな者同士が愛を語れる場になって欲しいと願いを込めた作品。
又世界が平和であって欲しいと願いを込めているとの事。
「青の詩」
銅に薬品を塗って15年、上にハナミズキの生命力をかたどった作品である。
ハナミズキは桜より5日位遅れて咲く。
桜はすぐ散るがハナミズキは一ヶ月くらい咲き生命力がある。
色の青さは中国の銅器に続きつつあるとの事。
「兆‐きざし」
今年の一品でNHKおはよう日本にも放映された作品。
海岸沿いの木々、酸性雨とマツ食い虫で枯れている。
緑を復活させたいとイメージした作品との事⇒緑復活のきざし
今日はここまでに、パート2は後日にします。
下の画像は各作業工程の写真です。




新潟県大菊花展弥彦菊祭りが開催されており、昨日鑑賞しました。
日曜日で秋晴れの好天とあって、たくさんの人出で賑わいました。
あちらこちらに車が渋滞し、時間もお昼の一番混んだ時間帯?かも知れませんが、一番奥の第六駐車場にやっと停められました。
メイン舞台、今年は「上高地」です。
菊の花で飾った上高地、梓川に架かった河童橋、うしろに穂高連峰が美しく連なる。
昭和45年、友達5人で上高地から奥穂高、前穂高を登山した事を思え浮べながらの鑑賞でした。
本殿までたくさんの人出で、写真を撮るにも一苦労でした。
立派な菊がたくさんあり、この審査日に合わせて丹念に育てられたのでしょうが、私にはとても出来ない事のようです。
弥彦神社に参拝し、素晴しい菊の数々…どうやってこんな見事な菊を作れるんだろうと思いながら、混みあう弥彦路を後にしました。
パート3は食育基本法とは?とフォーラムで野菜生産者の話と金属洋食器生産者の話がありました。
食材よりスプーンの記事が多くなりますが、共同展示館つばめを紹介します。
食育基本法とは?
「食育基本法」は、平成17年7月15日より施工された法律です。
食育に関する基本理念を定め、国民の健康と、豊な人間性を育むため、食育の推進を課題とし、現在及び将来にわたる、健康で文化的な国民の生活と、豊かで活力ある社会の実現に寄与する事を目的として、作られました。
食育基本法には、「食育は、食に関する適切な判断力を養い、生涯にわたって健全な食生活を実現することにより、国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成に資することを旨として、行われなければならない。」とあり、食育の方向性が述べられています。
他にも、栄養バランスの崩れや、食生活の乱れ等からおこる、生活習慣病の問題を改善しようという課題も、盛り込まれています。
法律化されたことにより、ますます食育への注目度が高まっています。


パート2は燕製品青空即売会でしたが、パート3は共同展示館つばめでスプーン、フォークの町を紹介します。
画像右はフリクションプレスで、スプーンのツボ起こし、柄押しetcを加工をする機械です。
スプーンの主はデザート、ティー、コーヒースプーンでしょうか。
他にケーキ、グレープフルーツ、メロン、スープ、いちごスプーン各種あります。
高級品と言われるものはニッケルが入っています。
材質についてはパート4で……それと食育月間と食育の日?についてです。
パート2は なぜ今、食育なのか ?と 燕製品⇒今回は洋食器、器物etcの青空市即売会の紹介をします。
なぜ今、食育なのか?
食を取り巻く環境は、戦後の経済発展と共に大きく変わりました。
生きるための食事から、楽しむための食事へと変化し、日本は飽食の時代をむかえることになります。
食の欧米化が進んで米をはじめとする炭水化物の摂取量が減り、その分脂質や塩分などの摂取量が増えることで、生活習慣病が増加するという事態が起こり、さらには食糧自給率低下の問題や、BSE・鳥エンフルエンザなどによる食の安全性の問題など、食を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。
多くの情報があふれる中、「健康の維持、増進のため」、「食の安全を守るため」など、自分が本当に必要とするものを、選択しなければなりません。今、食育が注目されるのは、このような理由があるためではないでしょうか。


燕製品青空即売会は(十月一日日曜日)今年で二十六回目、今年は新市となって初めてであり、好天に恵まれ四万五千人もの人出であった。(右画像は午前八時半過ぎです)
並んだ商品は洋食器、ハウスウエア、銅製品、アウトドア、園芸用品、包丁、雑貨などの生活関連用品です。




スプーン、フォーク「よりどり百円」、銅製品は通常の半額etc安く、この日に合わせてツァーを組む観光会社もあるなど、県内外から訪れる人が多く人気のイベントとして定着している。
パート3は食育基本法とは? と カレーライスに使われるスプーンについて考えよう…高級スプーンとはどんなもの?etcです。

今日19時30分より、燕勤労者総合福祉センターにおいて、”食育について考えよう”フォーラムがあり、燕産地品を積極的に使ったカレーを食べての勉強会でした。
配布された資料を基に、3~4回に分けて照会したいと思います。




食育とは?
これまで、教育の中心は「知育」「徳育」「体育」の3つが基本とされていましたが、さらに、現在最も注目されているのが「食育」です。
食育とは、健康的な生活を送るために、食に関するあらゆる知識を育むことです。
最近では、子供の教育の一環として取入れられるようになりましたが、子供に限らず、大人も知る必要があることは、言うまでもありません。
例えば、食事の栄養バランスと生活のリズム、食品に関する正しい情報や昔ながらの伝統的な食文化など、”食”に関するあらゆる事を知り、また考えることが、食育へとつながります。
パート2は なぜ今、食育なのか? カレーの器、スプーン、食材⇒燕産etcの話です。




9日(土)、10日(日)の二日間、燕市サンロード宮町~商店街にて、シャッターアートコンテストがありました。
一次審査に合格した8グループが、割当てられたシャッターにアートを描き競いました。
画像左から①②③④です。
先日の弥彦うさち展のうさぎをテーマに、⑤のシャッターに挑戦が 弥彦の書家 藍堂さんです。
一生懸命に書いている藍堂さんを激励しました。
私が商店街に寄ったのは、日曜日「わかでき」の帰り、お昼近くでした。
審査は15時との事でした。結果はどうでしたでしょうか?皆さんの予想は……?
シャッターはシャッターでも、デジカメのシャッターチャンスは?⇒⑧の「夢」を書く場面と②の5人の共同作業のぜっけん5の女性の姿がおもしろいと思いました。~皆さんはどうでしょうか?
是非商店街に足を運び、8グループの力作を鑑賞してください。




燕市産業資料館で企画展「照井康一・清子ガラス展」が開かれており鑑賞しました。
ガラスはいろいろな技法があり、どういうものを作りたいか、作るかによって設備から違う。
二人の共同作業、昭和62年に豊浦町(現在新発田市)に工房を設立し、制作活動を開始したと聞かせてもらいました。
炉を持って19年と言われました。
30~40坪の作業場で溶解炉(電気炉の所もある)から、サオの先に吹いて作る吹きガラスの花入れや鉢などが展示されている。
新潟県で吹きガラスを常時製作しているのは、照井さん夫婦だけのようです。
さまざまな色は また 見応えがあり、絵付けをしたかのように思われるが、発色材は金属のようです。
「あわ」のシリーズは、コンプレッサーで空気を送り込むなどして気泡を入れた作品がひときわ目立ちました。
偶然に出来た泡の物もあるが、殆ど構想されイメージに近い作品が出きるようです。
画像の作品の製作期間は一週間位との事でした。
1400℃の高温、温度が下がれば固まり、気を抜くひまなく連続して作業を進めなければならない。
冷やすのは急冷ではなく徐々に冷やす―急に冷やせば割れやすいと言う事でしょう、それは鋼材と同じである?
生活に使う器類をメーンに製作されているようですが、作品展は九州から岩手迄と聞いてビックリしました。
新潟県はガラスの展示会は少なく知識も浅いようです。
ガラスの表現方法の多様さが、観る人の心を打つ作品展でもあったように思います?
出来れば釜からの吹きを見たいし、体験出来たらと思いました。
素晴しいガラス展でした。




作家九人によるグループ展「弥彦うさち展」が弥彦村ギャラリーうさちで開かれており鑑賞しました。
ウサギをテーマとして、書や絵画、ガラス、人形、流木、クラフトなどさまざまなジャンルの作品を一堂に展示してありました。
書家の藍堂さん⇒耳を立てて笑っているウサギの絵に、「いいことする 神さま見てる いいことある」
「いつもありがとね」などの分かりやすい言葉が添えられている。
仮名文字の小川さん⇒万葉の歌を書いた短冊や姫びょうぶなどの作品。
「白玉の間あけつつ抜ける緒もくくり寄すればまたあうものを」
その他絵画、陶芸、人形、色紙、流木、クラフトetc、たくさんのウサギを題材とした作品、見応えがありました。
ウサギは日頃から意識して作っているモチーフとかで、その輪をどんどん広げていきたい計画もあるようです。
帰りに藍堂さんの教室へ寄ってきました。




納涼会パート2です。
開会から閉会まで2時間、楽しい一時を過ごしました。
一番右の画像は、隣のひとみちゃんのビンゴです。
私はゲームとかクジには全く縁がなく、いつも等外です。
一等はBUNちゃん先生のサイン入りの書籍、二等がBUNちゃん先生ストラップ、非売品です(実は先月の体験発表でBUNちゃん先生からプレゼントされました)、三等が1時間教室の無料券でした。
それぞれの景品を受け取られた方、おめでとうございました。
楽しかった最後の一本締めは私の役割でした。
二言三言話し、ごく普通の締めでした。
出来れば体験発表、BUNちゃん先生学ぶシリーズで触れなかった交流会の話を少ししようか迷っていました。
その話とは、県央サティ校が全国ランキング20位から4位に上がり、その成績が今回BUNちゃん先生が初の新潟入りのきっかけになったと思われる話でした。
これだけ盛り上がっているのに、よけいな話を混ぜない方が良いと思う事と、後ろまで話が届かないなぁ と思いやめました。
全国600教室のうち4位、その後は3位のようです。
物凄い事ですが、一方では廃校に追込まれる教室もあるやに聞いています。
ここでも競争社会の厳しさを実感しました。
参加された方々の学習意欲 と スキルアップの為に自己投資されている姿は、お互いが参考になり刺激になるのではないでしょうか。
今回の納涼会参加者は、1名欠席があり26名でした。
二次会は、まちゃさんが幹事ですべての段取りをされ、私が少し会計を手伝いました。




二次会の場所は、新幹線駅の反対側カラオケボックス(まねきねこ)でした。
徒歩で10分位、酔いをさましながら、ゆっくり語り合いながら歩きました。
参加者20名、全員揃ったところで1時間飲み放題のカラオケのスタート、21時47分でした。
二次会は更に盛り上がり、私は3曲歌いました。
のど自慢に出場されている二次会幹事のまちゃさんは、さすが で うっとり聞いていました。
その後追加1時間(6名の方帰る)で、23時47分、精算して0時でした
本当に楽しんだ そして 満足した顔が納涼会、二次会を通して感じられ、又次に企画して欲しいとの要望もたくさんありますし、参加出来なかった人達も、残念でしたが 次は きっと参加しますとのコメントも幹事長に寄せられています。
気持ちを許せる場所(仲間)、ストレスを発散出来る場所(仲間)、話題を共有出来る場所(仲間)……等々が求められているのかなぁと感じました。




先日日曜日(7/09)旧分水町「てまりの湯」で友達10人で楽しい一時を過ごしました。
「てまりの湯」は風呂は良く、食べ物飲み物の持ち込みは可能で本当に安く上がる場所です。
朝の10時から夕方の5時迄…私は2時間位遅れて参加しました。
印象に残った事を一つ……Hさんの「生きる」そのものでした。
5年前リストラで新たな環境を求めて、苦労の連続であった話である。
2年近く見習いのようなもの、全く賃金がでない。そうやって必死に仕事勉強に耐えた。
生活資金の少しも入れられない、女房にも苦労をかけたと言う。
技術設計畑で、前職は待遇サラリーも良かった人と思う。
現在大手企業新潟市に就職が出来、技術系の仕事についていると言う。
家から毎日通いない為土曜日に帰り日曜日に行く生活と言う。
「生きる」ことは、「乗り越える」こと と 私は言い聞かせているがまさにそのものであった。
身近に生々しい話を聞くことが出来、勉強させられました。
細かく書くことは出来なかったが、有意義な5時間でこの出来事はいつまでも忘れない。




凌雲会書道展の反省会を、今日お昼から開きました。(参加者17名)
場所は昨年と同じく「嵯峨野」さんで、約3時間飲んだり食べたり楽しく過ごしました。
目的は反省会と言うことで、乾杯の前に時間をとり、活発に第三回に向けての話し合いが出来ました。
第二回は手探りの部分が多かった第一回とは違い、割合とスムースに出来ました。
来場者は500名を越え、たくさんの方々から鑑賞して頂いた事は会員一同感謝申し上げるしだいです。
第三回の日程は決めませんでしたが、恒例行事として毎年開催する事になると思います。
作品作りに時間が足りなかったと言う意見もあり、全体の段取りを早く全員で分担し、楽しい書道展にしようと決まりました。
観る人の立場に立って、展示又サービス面でも気配りが必要と実感しています。
第三回に向けて、第二回の反省点を踏まえて今日からスタートです。
ブログ仲間で、観てくださった方には感謝申し上げると同時に、更なるご支援をお願いします。
有難う御座いました。


ブログ3人仲間だけで、初めて行動を共にしました。(20日の土曜日)
阿武さんの車で、私、山ちゃんを乗せてもらい隣の三条市へ行きました。
最初は阿武さんのブログに載っている、やきとり「鳥一」さん。
やきとり屋さんは久し振りでしたが、美味しく食べ、飲みました。
店に入った時間が7時過ぎ、もう少し遅かったら座る席がありませんでした。
さすが、人気の店です。

次は(歩いて5分位)ブログに以前記事にしたスナック「鹿」さんです。
店に入ったのは8時半頃で、その時のお客は2名でした。
それから飲んだり歌ったり3時間半余楽しみました。
一番多い時のお客は20名近く と 繁盛しており、店全体が盛り上がっていました。




偶然にも、知っている人又声をかけられた人を含めると6名でビックリしました。
阿武さんと山ちゃん と 語り合い飲んで歌え楽しい一時を過ごし、12時過ぎ代行で帰りました。
3人だけで飲む事は初めてであり、お互いを知る事が出来たのではないでしょうか。
阿武さん…物事にストレートで正直な人。
山ちゃん…外見から受けるイメージ以上に繊細でバランスのとれた人。
と言う印象を受けました。
共通点は家庭的な雰囲気がにじみ出ている事です。―今後も宜しくお願いします。