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February 11, 2019

「姫路城」編 その4

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「姫路城」編 その3から3ヶ月余経ってしまいなかなか進みません、城内の4枚の画像で楽しんでもらい 後日姫路城ヒストリーを掲載します。

姫路城ヒストリー ⇒ 2月16日に下記入力です。

1333年
赤松則村(円心)、護良親王の命により挙兵、今日に兵を進める途中、姫山に砦を築く。

1346年
赤松貞則、姫山に本格的な城を築く。

1441年
山名持豊、播磨国を与えられ姫路に入る

1467年
応仁の乱
赤松政則、姫路城を落し、領国を回復、、本丸、鶴見丸を築く 後に一族の小寺氏、その重臣の黒田氏が城を預かる。

1545年
黒田重隆が小寺氏の命により姫路城を任される

1546年
黒田孝高(官兵衛)、姫路城で誕生

黒田孝高(官兵衛)、御着城主小寺家家老で姫路城主・黒田職高の嫡男として姫路城で生まれる。

織田信長に反逆した荒木村重との戦いで有岡城に説得に出向き、1年間の受牢。

播磨に進出した羽柴秀吉の軍師として中国攻めなどに侵略的手腕を発揮する。

1580年
羽柴(豊臣)秀吉が黒田孝高(官兵衛)の勧めで入城
中国毛利勢討伐の武将として播磨入りし1580年正月、三木城の別所長治を滅ぼし、播磨を平定。

その後、黒田孝高の進言を受け、同年4月、毛利氏攻略の拠点として姫路に入る。
1583年に大阪城を築く迄3年間姫路城主。

1581年
秀吉、姫路城に三重天守を築く

1583年
秀吉が、大阪城へ移り、弟・羽柴秀長が入封

1588年
秀吉の正室(北政所)の兄・木下家定が入封

1600年
関ヶ原の戦いの後、池田輝政が姫路城主に!
戦国武将・池田恒興の次男。

関ヶ原戦い後の1600年以降は後日「その5」として掲載します。


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