« October 2016 | Main | December 2016 »

November 27, 2016

第45回記念 県芸術美術展 (芸展)-第3弾

2016_1126_143244img_0760

2016_1126_144542img_0762
今月12日から始まった第45回 「芸展」 (前期展は12日~18日、後期展は20日~27日)は今日迄です。

書道は後期で今日迄県民会館~仕事でのお付き合いの方で今日鑑賞しますと言われている方が2名お出でになります。

昨日、新潟東映ホテルにて授賞式および出品者懇親会があり出席しました。

審査結果、入選のお知らせをいただいた時、懇親会参加の案内があり・・・、昨年同様参加する事にしました。

14時から15時過ぎ迄書道他各部門の入賞者の表彰式でした。―画像がその様子です。

15時25分から2時間余懇親会・・・、楽しいひと時を過ごしました。

展覧会場での作品解説、懇親会場での各先生方のアドバイス、大変参考になりました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 23, 2016

北方文化博物館(中林梧竹展) その3

2016_1103_113753img_0613

2016_1103_113810img_0614

2016_1103_113650img_0611

2016_1103_105943img_0590
美しい庭園に面した南面の座敷は、明治20年(1887年)から2年かけて建てられる。

東側に大玄関があり、柱・天井・式台・戸は全て欅(けやき)造りで、特に式台と戸は一枚板で、当時の建材に贅をこらした建築様式がしのばれます。

南側の雨戸は26枚あり、全て左側の戸袋に納まってしまうという見事な構造です。

座敷の欄間のならびには柱が1本も無く、上から釣ってあるので釣欄間と呼ばれています。→画像右端左上

また土縁から見上げると、長さ15間半(28.18m)の一本の杉の丸桁があります。→画像右端右上

これは遠く会津の三島町の山林付近から、いかだで運ばれてきたとの事です。 →陸では一時的に途中障害物を撤去して運んだと聞いた。

大庭園中央泉地に各地の名石(鞍馬石他)を配した、鎌倉・室町の古式によって造られた回遊式庭園です。

庭園内には5つの茶室が点在する。

この庭は、京都銀閣寺ゆかりの庭師(柏崎出身)により5年がかりで造られたそうです。

「その4」は集古館展示の良寛「書」 他を掲載します。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 22, 2016

第45回記念 県芸術美術展 (芸展)-第2弾

2016_1122_100140img_0729_2

2016_1122_135224img_0744

2016_1122_102423img_0733
 第45回 「芸展」 、書道部門は後期で20日(日)から27日(日)までの会期で開催されています。

右画像が私の作品で大きな一文字の作品が2点、圧倒されそうですね~すでに圧倒されています!

「芸展」は釈文は展示されないので 読み比べる事が出来ないのが残念ですが・・・、審査ではしっかり使われていると思います。

写真撮影は禁止されており、自分の作品以外は撮る事は出来ません。

しかし 隣りの作品2点 を 一緒に撮りました。 上の文字が「暁」の旧漢字、下が「散」だと思います。

私の作品の隣りに消火設備があり ちょっと場所には恵まれなかったようです。

入選者の作品はどれも素晴らしい作品ばかりで・・・、大変勉強になります。

26日(土)、「芸展」入賞者、入選者の懇親会があり 出席予定ですので、その様子 と 作品解説 を 合わせて第3弾に掲載したいと思います。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 20, 2016

弥彦菊まつり

2016_1118_121245img_0708

2016_1118_115652img_0687

2016_1118_120034img_0692

2016_1118_120712img_0701
「弥彦菊まつり」が 11/01から11/24までの会期で、 弥彦神社境内で開かれています。

例年 文化の日でしたが 今年は遅くなり、先週 立派な菊を観賞しました。

第56回県菊花展覧会、弥彦村の秋最大の観光行事として 毎年県内外から多くの観光客が訪れています。

出品数、 品目の多様なことで、県下随一の大展覧会として 毎年好評、盛んです。

例年、愛好者から続々と出品され、その点数も4千鉢にのぼり今や「弥彦の菊まつり」 と呼ばれて全国に知られ、越後の大勢の観菊者で賑いをみせています。

名物大風景花壇は、秋の越後路の風物詩として親しまれています。

本年の大風景花壇のテーマは『京都・嵐山』です ⇒ サクラと秋の紅葉で有名

清流保津川に架かる渡月橋を前景に紅葉の山並みを菊花で再現する。

昨年(2015年) 大風景花壇のテーマは 『弥彦山』 ⇒ 御遷座百年―弥彦神社

一昨年(2014年) 大風景花壇のテーマは 『富士山』 ⇒ 世界文化遺産登録

毎年全国の有名な景勝地を三万本の菊花の押し芽と菊花約五百鉢で造園する「弥彦菊まつり」 の 名物「大風景花壇」は観光客の記念撮影のスポットとして人気を集めています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 13, 2016

良寛の里美術館 特別展 パート3

2016_1010_150148img_0551

2016_1010_130030img_0540
パート3は良寛の里美術館で越佐文人研究会代表の岡村鉄琴さん(新潟大学教授)による作品説明会です。

作品説明 は 良寛とその敬慕者「村山半牧・吉野秀雄展」です。

10月10日ですの1ヶ月余が過ぎましたが・・・、前半は砂丘短歌会代表の萩原光之さんによる記念講演会が「良寛の里わしま 和らぎ家」、そして後半は 場所は変わります が 「美術館」で岡村教授の作品説明会でした。

撮影は禁止ですので画像はありません。

「村山半牧・吉野秀雄展」の最初は村山半牧さんの略歴です。

村山 半牧 (1828~1868)
越後三条生まれの志士・南画家。~三条が大地震で大打撃を受けた翌年の生まれです。

生地三条は多くの文人画家を輩出した土地、中でも半牧は藤本鉄石や江馬天江ら著名な人々と交わり、かねて全国に画名が知られてきました。

生前良寛の歌を筆録したものが近代良寛文芸普及への第一歩となるなど、良寛との接点もよく知られています。

小品から大作までが揃え、幕末の文人像・説明を聴き・・・、鑑賞しました。

吉野 秀雄 (1902~1967)
上州高崎生まれの歌人。~ルーツは越後にあります。

昭和5年良寛百年忌以降、良寛の歌の読解を中心とした数々の著述をまとめられています。

歌の師・会津八一とは別趣の、一本の線に力を込めた独特の響きをもつ書を残す・・・。

本県と縁の濃い吉野さん、末公開作を中心にの紹介・・・、鑑賞しました。

吉野秀雄さんにつきましては 前半で萩原光之さんの記念講演会(演題は「歌人吉野秀雄と良寛」)があり、パート2で掲載しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

第45回記念 県芸術美術展 (芸展)

12日(土)から27日(日)迄の会期で 芸展が開催されました。―前期(日本画・洋画・彫刻) 、後期(書道・工芸)

書道部門は後期で20日(日)から27日、会場は県民会館です。―前期は12日~18日

一昨日(11日)の新潟日報で入選者が発表になりました。

昨年が初挑戦でビックリの入選!今年は最後の最後まで 墨と紙 で悪戦苦闘でした。

入選出来た事は光栄です。

20日~27日の会期中に鑑賞し、次のステップにしたいと思えます。

いつもですと表具屋さんに持って行く前に写真を撮るんですが今回は忘れていました。

後日県民会館会場での入賞・入選作品鑑賞後、第2弾として掲載します。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 06, 2016

北方文化博物館(中林梧竹展) その2

2016_1103_105614img_0586

2016_1103_110105img_0591

2016_1103_105549img_0585
 
 豪邸の床の間を飾る中林梧竹展

1827年(文政10年)~1913年(大正2年)、佐賀県小城市出身の書道家中林梧竹(なかばやしごちく)展を鑑賞しました。

日下部鳴鶴、巌谷一六と並び明治の三筆と称された書家です。

佐賀県生まれですが、新潟にもその作品が残る中林梧竹さん・・・、梧竹の書を床の間で鑑賞したい!という思いから梧竹の会新潟連絡事務局のみなさんによる梧竹展が開催されたようです。

造形の美しさ、面白さも目を引く梧竹の書。秋深まる北方文化博物館のお座敷にピッタリです。


2016_1103_105703img_0587

2016_1103_105749img_0588

2016_1103_105532img_0584
 立派な作品の数々です。

5点の作品ご鑑賞下さい。

好きな書風ですので勉強して・・・、書いてみたいと思います。

「その3~」 大庭園、集古館展示の良寛「書」 を掲載予定です。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 04, 2016

北方文化博物館(中林梧竹展)

2016_1103_103206img_0573

2016_1103_105400img_0582

2016_1103_110133img_0592
 昨日(3日文化の日)、豪農の館北方文化博物館 と 豪邸の床の間を飾る中林梧竹展 を 鑑賞しました。 

中林梧竹展は「その2」で掲載、最初に北方文化博物館について 紹介したいと思います。

北方文化博物館とは

越後の蒲原平野には信濃川と阿賀野川の大河があり、阿賀野川沿いの横越町(現新潟市)にある戸数三百余りの集落を「沢海(そうみ)」と言います。

ここ沢海の歴史は古く江戸時代の初期、慶長15年(1610年)から77年間は沢海城という城があり、11,000石のささやかな城下町として栄えていたと伝えられています。

沢海城の築城以前は囲いの堤もなく、洪水の際には一面が水に押し流され、水が引き落ちても窪地に水がたまり、沢のようになるので「沢海」と名付けられたと言われています。

その後、沢海は天領となり、代官所、続いて旗本小浜の知行所が置かれていましたが、明治2年(1870年)に藩籍奉還となり、武家による社会は終わりを告げました。

このような歴史の中、江戸時代中期、農から身を起こし、やがて豪農への道を歩み、代を重ねて巨万の富を築いていった一族が伊藤家です。

全盛期には、1市4郡60数ヶ町村に田畑1,370町歩(1,372ha)を所有し、越後随一の大地主として、その名は県下に鳴り響いていました。

しかし、時代は変わり 昭和21年農地解放により、これらの広大な農地は伊藤家の所有を離れることになります。

この伊藤家の屋敷と住宅が、現在の北方文化博物館で、別名「豪農の館」と呼ばれています。

現在では、かつてのお城も代官所も、小浜時代の知行所も跡形もなく、ただ、かつて豪農の館、伊藤家だけが、昔の面影そのままに、数々の歴史を秘めて残っています。

長年の風雪に耐え、往時の面影をそのままに豪農伊藤家の暮らしを今に伝えています。

伊藤家から1時間以上(約45㎞)の弥彦神社、他の地を踏まずにお参り出来たと言うから驚きです。

左画像は会津八一先生が書かれたと聞きました。

右画像は美しい庭園に面した大広間 座敷、床の間を挟んで7つの部屋があり、畳の数は全部で100枚にも及ぶと言うから凄いです。

「その2」は明治の3筆で有名な中林梧竹の「書」 と 大庭園です。

集古館展示の良寛「書」 も 「その3」 又は 「その4」に掲載予定です。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 02, 2016

月例 10 月号

2016_1031_065727img_0571
左画像 は 北日本書芸院 月例 10 月号(11/10締切り分)の出品作品です。

いつものように随意で、昨日郵送しました。

早11月、燕市展そして三条の美術展も今日で終りました。

明日は文化の日、例年ですと弥彦の菊まつりに行く方が多いですが・・・、北方文化博物館での中林梧竹展を観に行きます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2016 | Main | December 2016 »