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November 01, 2014

松山城城主と長岡京遷都 その2

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 松山城は、愛媛県松山市にあり、別名 金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)です。

各地の松山城と区別するため、伊予松山城とも呼ばれている。

現在は、城跡の主要部分が公園として整備され、大天守(現存12天守の1つ)を含む21棟の建造物が現存し、それぞれ国の重要文化財に、城郭遺構は国の史跡に指定されている。

そのほか、昭和初期の1933年に大天守を除いて焼失した。

連立式天守群の小天守以下5棟のほか塀を含む22棟が木造で復元されている。

加藤 嘉明(かとう よしあき/よしあきら)は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将、伊予松山藩主、のち陸奥会津藩初代藩主となる。

織田信長死後の天正11年(1583年)には、秀吉と織田家筆頭家老の柴田勝家との間で行われた賤ヶ岳の戦いで、福島正則、加藤清正らと共に活躍し、賤ヶ岳七本槍の一人に数えられた。

画像左が松山城、入口にお客様をお迎えしているのが、城主加藤嘉明公の 「よしあきくん」 です。

画像右に松山城の概要 が 松山市遠望 に まとめられています。

続編 その3は後日掲載します。

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