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December 15, 2013

関西方面(堺・柏原・黒井)その3⇒興禅寺

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 興禅寺(こうぜんじ)は兵庫県丹波市にある仏教寺院、山号は大梅山です。

国の史跡で 春日局生誕地としても有名です。

左画像から「春日の局出生地」の興禅寺、楼門です。

宮津市にある智源寺からの移築門で、創建年代は不明だが、元禄年間改修の記録が残る。

画像2番目 七間堀と野面積みの石垣―高石垣と水濠です。

長さは約80メートルの水濠は「七間堀」と呼ばれており、石垣の高さは約5m程度。

黒井城と同様の「野面積み」で、部分的に切込みハギが使われている部分は後世の改修の手が入ったと思われている。

画像3番目 本堂です。

画像4番目 奥が鐘楼です。

鐘楼―赤井直正の子赤井直義が先祖供養のために建てられたと言われている。

現在の鐘楼は大正2年に改築された。

興禅寺の概要
戦国時代の山城黒井城の下館、明智光秀の丹波制圧後に家臣斎藤利三が居住した館の跡に創建された。

現在も楼門前には水を湛えた七間堀と高い野面積みの石垣と白ねり塀が聳えるという城砦然とした戦国時代の構えをとどめております。

山上の黒井城とともに「黒井城跡」として国の史跡に指定されている。

斎藤利三と春日の局の生誕地
明智光秀が黒井城を落城させた後、斎藤利三が黒井城と下館を中心にこの地を治めた。

天正7年(1579年)から天正9年(1581年)の3年間、亀山城 (丹波国)と往来していたと思われている。

その天正7年(1579年)にお福が生まれ3歳まで居住した。

彼女が後の徳川家光の乳母であり大奥の礎を築き統括した春日局です。

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