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March 17, 2013

春日局(かすがのつぼね)&黒井城

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 大阪から1時間半、福知山線沿いの兵庫県丹波市春日町、最寄りの駅は小さな黒井駅です。

大阪方面出張その2として・・・、 柏原(かいばら)駅から訪問先へ…、帰りは近くの黒井駅からでした。

仕事を離れて見学したい場所の一つです。 ― 春日局 と 黒井城を紹介します。


かすがのつぼね(春日局)―(1579~1643) ~大河ドラマ「江」に出演

三代将軍の乳母として名高い春日局は、その名をお福という。

天正7年(1579)8月9日、荻野氏の黒井城を陥落させた明智光秀は、家来、斎藤利三にここを預け、お福はこの地で、利三の三女として誕生。母の名はお安。

生まれた場所は不明であるが、稲葉家文書には、黒井城とあり、城下に、お福が腰をかけたという「お福石」(斎藤屋敷=現、興禅寺境内)をはじめ、誕生伝説が多くある。

父、利三は元々美濃の出身であり、はじめは三好長慶のもとにあったとも言われるが、結婚のころには稲葉一鉄のもとにあり、利三の母は、光秀の妹と言われている。

また、母、お安は後妻とされており、おそらく一鉄に養育されたのだろう。利三の先妻は斎藤道三の妹とも言う。

お安は、稲葉一鉄の兄の娘と言われており、お安の父は、祖父通則や他の兄弟たちと大永5年(1525)の、近江浅井氏との戦いで戦死したらしい。

お福が4歳のころ、丹波亀山城にいたが、本能寺の変となり、光秀が山崎合戦で秀吉に敗れると、亀山城下も高山右近らに攻撃を受け、お福は母とともに、一時京に逃げた。

ここで捕らわれた父、利三の処刑を目撃したと言われる。

見事、未来の将軍、竹千代(のちの三代将軍、家光)の乳母となったお福は、竹千代を懸命に養育したが、竹千代の生母、お江与とはそりが合わなかったとも言われる。

これが後年、家光とお江与が自ら育てた秀忠の次男、忠長との確執につながったという話は、あまりにも有名である。


黒井城(保月城) ~ 右画像―猪ノ口山頂上の平らに見える場所にお城があった…、観光板は城跡

黒井城(くろいじょう)は、兵庫県丹波市にある山城。別名を保月城(ほげつじょう)、保築城(ほづきじょう)ともいう。

標高356メートル、猪ノ口山の三方尾根伝いに曲輪群を配置し全山を要塞化している。

建武年間に赤松貞範が築城。戦国時代には赤井直正の居城となる。

天正7年(1579年)、赤井直義の時、明智光秀に攻められ落城。斎藤利三が城主となり、今日の規模にまで改修した。

山崎の戦いの後、堀尾吉晴が入城。関ヶ原の戦いの後、川勝秀氏が城主となるがその後廃城となった。

約250年間存続した。

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