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January 26, 2013

出張編 その2

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 初日の宿泊は堺、京都から堺東駅近くのTホテルでした。

早朝の散歩、画像は歩道橋から堺東駅方面で…、奥の高い建物が堺市役所です。

一昨年の10月に市役所12階の展示を鑑賞、夜景を楽しみました。その時の雰囲気を記事にしました。

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 堺市役所の12階展望ロビーからは素晴らしい眺めで した。

決して12階は高くはないと思いますが、周りが高層ビルがないので四方八方どこを見ても 眼下で素晴らしいです。

左画像は世界最大級の墳墓 仁徳陵古墳の位置です。

隣の画像は優れた鍛冶技術の街 堺は…、戦国時代、日本一の鉄砲の大生産地でもあります。

天正3年(1575)。最強とうたわれた甲州武田の騎馬軍隊を破った「長篠の合戦」は堺がつくった三千丁の新兵器鉄砲によるものです。

これにより全国に土着する武士を自らの手足のごとく、強力に束ねた武将は織田信長であり、それを実現したのは豊臣秀吉であるが、この天下統一を可能にしたのは新兵器の鉄砲でありました。

それを可能にしたのが「ねじ」である。鉄砲の出現で、全国の武士は強大な勢力の傘下に入ることなしに、地方で生き残る事は出来なくなった。

この“ネジと鉄砲”を量産し、日本史を変えるほど革命的な生産を可能にしたのは堺であり、今でも堺市鉄砲町と町名が残っている。

右画像が千利休の展示品です。

 ●千利休⇒ 魚問屋の息子から天下一の茶人へ

信長、秀吉という2人の天下人に仕え、茶道千家流の始祖となった“茶聖”千利休。

 ●秀吉との対立~切腹へ

利休と秀吉は茶の湯の最盛期「北野大茶湯」が蜜月のピークだった。やがて徐々に両者の関係が悪化していく。

 ●後日談

後年、利休の孫・千宗旦が家を再興する。

そして宗旦の次男・宗守が『武者小路千家官休庵』を、三男・宗佐が『表千家不審庵』を、四男・宗室が『裏千家今日庵』をそれぞれ起こした。

利休の茶の湯は400年後の現代まで残り、今や世界各国の千家の茶室で、多くの人がくつろぎのひと時を楽しんでいる。

市役所12階の広い展望ロビーに飾られている展示品は博物館並です。

一昨年の10月の記事を一部抜粋しました。

後日出張編その3を掲載します。


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